現代語訳「玉水物語」(その五)
さて、玉水のきょうだいたちが山に入って紅葉を探し求めると、二番目の弟が不思議な枝を見つけた。五寸ほどの長さのその枝は葉の色が五色《ごしき》で、それぞれに法華経《ほけきょう》の文字が浮かび、まるで鮮やかに磨き上げたようだった。
翌日の午《うま》の刻、この紅葉を渡された姫君はとても喜び、玉水を褒めた。
「これほど見事な枝ぶりの紅葉を見たのは初めてです。他にも多くの紅葉を譲り受けましたが、これに勝るものはありません。さて、歌を付けないといけませんが、同じことなら玉水が詠んでくれませんか」
玉水は、「たまたま上手《うま》く手に入っただけですので」と言って辞退しようとしたが、姫君がどうしてもと頼むので断り切れなかった。
「それでしたら、とりあえず書いてみますので、姫さまがご覧になって、ひどい歌があったら別のものにしてください」
玉水はそう言いながら筆を執り、気ままに書き始めた。
しばらくすると、宰相《さいしょう》が対屋《たいのや》にやって来て紅葉を褒めそやし、入れ替わりで北の方も顔を見せた。
さて、玉水が歌を書き上げると、姫君は「いずれの歌もとても趣《おもむき》深いです」と褒め、五本の枝に歌を結び付けた。
青色の枝には、
もみぢ葉の今はみどりに成《な》りにけり
幾千代《いくちよ》までも尽きぬ例《ためし》に
(幾千代《いくちよ》も変わらぬ世の例《ためし》として、紅葉の葉が今は緑色になりました)
黄色の枝には、
黄なるまで紅葉の色は移るなり
我れ人かくは心かはらじ
(紅葉の色が黄色に変わりましたが、わたしとあなたの心がこのように変わることはありません)
赤色の枝には、
くれなゐに幾《いく》しほまでか染めつらむ
色の深きはたぐひあらじを
(紅《くれない》になるまで何度も染めたのでしょうか。この色の深さは他に類を見ません)
白色の枝には、
野辺《のべ》の色みな白妙《しろたへ》に成りぬとも
此《こ》の紅葉ばの色はかはらじ
(野原が雪で真っ白になったとしても、この紅葉の色が変わることはないでしょう)
紫色の枝には、
幾《いく》しほに染めかへしてか
紫の四方《よも》の梢《こずゑ》を染めわたすらむ
(四方の梢《こずえ》を紫色に染めるために、何度も染め返したのでしょうか)
と書き付け、残りの枝は姫君が歌を書いた。
(続く)
【 原文 】 http://www.j-texts.com/chusei/tama.html
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