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現代語訳『さいき』(その6)

 名残が尽きない佐伯はすぐに童《わらわ》の竹松《たけまつ》を呼び、密《ひそ》かに女の後をつけて宿所を確認してくるように命じた。
 道中、身を潜めながら竹松が追うと、女は四条《しじょう》高倉《たかくら》でいかにも裕福そうな屋敷へと入っていく。竹松も続いて入ると、女は縁側に上がり、妻戸《つまど》から部屋の中に入ろうとしたところでいきなり振り返った。突然のことにひどく狼狽《ろうばい》したが、女は微笑を浮かべたまま無言で見つめ続けたため、縁側まで歩み寄った。
「あなたの主人に『百舌《もず》の草潜《くさぐき》』とお伝えください」
 そう言い残し、女は背を向けて部屋に入ってしまった。

(続く)

 使用人に女の後を追わせたところ、四条高倉(現在の京都市下京区、清水寺の北西約3キロメートル)の立派な屋敷に入っていきました。下京にある裕福な家ですので、女の正体は「商人(豪商)の娘」となります。

 また、最後にある謎のメッセージ「百舌《もず》の草潜《くさぐき》」とは、秋から冬にかけて平地で目にする鳥のモズが、春先に山へと移動していなくなるのを「草むらに身を隠す」と見なした歌の表現です。つまり、女の伝言は「この言葉を踏まえた歌を知っていますか? 歌の意味こそがわたしの本心ですが、あなたには分かりますか?」という謎かけになります。

 ここで佐伯の出自について少しフォローしておくと、全国に四万社以上ある八幡宮の総本社・宇佐神宮(宇佐八幡)の大宮司「大神《おおが》氏」を祖とする一族で、現在の「大分県佐伯《さいき》市」に名が残っています。よって、ただの女好きな田舎者ではなく、古代から続く由緒ある家系で、かつ九州では名の知れた豪族ですので、当然、女の実家よりも格上となります。
(後で宇佐八幡宮の話が出てきますので、頭の片隅に留めておいてください)

 それでは次回にまたお会いしましょう。


【 主な参考文献 】


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