現代語訳『さいき』(その19)
読み終えた佐伯の正室は大きな嘆息をついた。
「何と愛らしく趣《おもむき》のある恋文でしょう。この素敵《すてき》な方をぜひとも当屋敷にお招きしたいところですが、道理をわきまえないあの人をどのように説得致しましょうか」
(続く)
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京の女からの手紙を読んだ佐伯の正室は、怒りや嫉妬といったネガティブな感情を抱くのではなく、「この女性を屋敷に呼び寄せたい」と予想外の反応を示します。
本文ではやや固めの口調にしましたが、女を評価している箇所の原文は「あらうつくしや、おもしろや」で、少し砕け気味に訳すと「あらまあ、何ともかわいらしく風流なお手紙ですこと」といった感じになり、京の女を上回る気品をまとっています。一方で、佐伯の人となりを「道理をわきまえない人」(原文は「不得心な男」)と一言でばっさり切り捨てる鋭い洞察力や、その場の思いつきをすぐに実行に移す機転・胆力まで備わった、作中随一の強キャラです。
ちなみに、今回訳した部分が『さいき』で一番好きな文章になります。
ごく短い台詞に正室の性格がぎゅっと詰め込んであり、登場してすぐにどういう人物なのかが一目で分かる書き方をしています。そして何よりも、愛人の泣き言が綴られた手紙を読んで真っ先に「かわいい」と言わせる作者のセンスが抜群に素敵で、いったい何を食べるとこういう人物造形ができるようになるのでしょうか。
それでは次回にまたお会いしましょう。
【 主な参考文献 】
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