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コロナ禍は整理解雇法理を緩和するかーアンドモワ事件が示した司法の姿勢ー

コロナ禍が長期化している一方、公的支援は縮小の傾向を見せています。
そうなると懸念されるのはリストラによる人件費削減です。
しかしながら、日本では経営難を理由とする解雇は「整理解雇法理」により厳しく制限されています。
ただ、こうもコロナ禍が長期化・深刻化している現状では「整理解雇法理」を緩和してもよいのではないか?という問いもでてきます。
今回は、そのような問いに対する裁判所の姿勢が現れた事例として、アンドモワ事件(東京地判令和3年12月21日)を取り上げます。

どんな事例だったか

本事件は、令和元年12月当時300店舗もの飲食チェーンを経営していた被告会社が、コロナ禍による急速な経営悪化を理由に大幅な事業縮小に伴い大規模な整理解雇を行ったため、その対象となった原告労働者が被告会社に対して解雇無効地位確認と未払賃金の請求をした事案です。
裁判所は原告の請求を認容しました。
なお、被告会社については後に破産手続が開始されたことが報じられています。

裁判所が認定した事実

裁判所が認定した事実は次のとおりです。

  • 平成30年6月1日、原告と被告会社との間で無期の労働契約締結

  • 令和元年12月時点で被告会社は約300件の居酒屋チェーン店を経営

  • 令和2年2月29日時点の被告会社の営業利益(令和元年9月1日~)は3億4700万円

  • 令和2年4月7日、7都府県に新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言(16日には全国に拡大)

  • 令和2年3月頃、被告会社、収益性の高い30店舗以外の撤退の方針を固める

  • 令和2年4月上旬頃、原告店舗勤務が休業。原告にも休業命令が下される

  • 令和2年5月26日、緊急事態宣言解除。被告会社、同日までに損益分岐点比率を調査。同指標をもとに存続店舗を選別。結果、存続店舗を10店舗まで絞る(原告所属店舗は対象外)。また、撤退店舗の従業員のほとんどは整理解雇の対象とすることに

  • 令和2年6月18日、被告会社側から原告に解雇予告通知書が交付される。その際、原告は被告会社側から「近日中に重要な書類が届くので確認しなさい」という説明しかされなかった

  • 令和2年7月20日、解雇の発効日経過

  • 令和2年7月31日時点の営業利益(令和元年9月1日~)はマイナス8億8900万円

  • 令和2年8月31日時点で、被告会社、繰越利益剰余金がマイナス51億1400万円となり債務超過状態にも陥る

被告会社の主張

原告からの請求に対し、被告会社は次のように主張しました。

  1. 今回の事業の大幅な縮小は、実質的に廃業と同視できる。したがって、整理解雇法理は適用すべきではない。

  2. 被告会社の経営は非常に危機的であり倒産回避のために大幅な事業停止をする必要があった。

  3. 今回のような倒産危機の事例では、労働者への説明手続は緩やかであっても許される。今回の事例では従業員への説明会を開催することが現実的に不可能であり、時間的余裕もなかったため、解雇予告通知書の交付だけでも手続としては相当である。

裁判所の判断内容

上記の被告会社の主張に対し、裁判所が解雇を無効と結論づけました。
その判断の過程について、「整理解雇は適用されるか」、「人員削減の必要性」、「解雇回避努力義務」、「解雇対象者選定の妥当性」、「説明手続の相当性」に分けて記載します。

整理解雇法理は適用されるか

  • 事業の縮小・廃止は経営事項であるが、それは解雇まで自由にできることを意味しない

  • 本件のように専ら使用者側の事情によって行われる解雇の場合には整理解雇法理を適用する

人員削減の必要性

  • 本件の解雇当時、被告会社は資金ショートで事業を継続できなくなるおそれがあったことは明らか

  • 96%以上の店舗経営からの撤退に伴う余剰人員の発生や、その余剰人員を10店舗や被告本社機能で吸収できないことも明らか

  • そのため、被告会社の人員削減の必要性は高かった

解雇回避努力義務

  • 本件解雇時の状況からすれば、配転・出向で解雇を回避できる現実的な可能性は乏しかった

  • 他に解雇回避のために現実的にとることができる措置についても、非常に限定的であった

  • そのため、解雇回避努力義務違反はない

解雇対象者選定の妥当性

  • 原告所属店舗の撤退判断自体は不合理ではない

  • 本件では相当多数の余剰人員の発生が見込まれたところ、新たに従業員を必要とする状況は考えがたい

  • そのため、解雇の対象を撤退対象の店舗の従業員と選定したことは不合理ではない

説明手続の相当性

  • 被告会社は、令和2年3月頃には大部分の店舗経営から撤退する方針をとっていた

  • それにもかかわらず、原告を含む従業員には解雇予告の直前に「近日中に重要な書類が届くので確認しなさい」という以上の説明をしなかった

  • 全国単位の従業員への説明会が開催できなくても、信義誠実の原則(労働契約法3条4項参照)から個別の従業員への説明や協議の必要はある

  • 原告は都内店舗で勤務し、首都圏に在住していたことからも、原告への説明は不可能ではなかった

  • したがって、被告の対応は説明手続として著しく妥当性を欠いていたといわざるを得ない

判決に対するコメント

結論として裁判所の判断に賛成です。
また、賛否はともかく「整理解雇を適用する理由」、「整理解雇法理を用いる際の考慮要素」、「労働者への説明手続の重要性」について興味深い判断が示されたと感じました。
以下、コメントいたします。

整理解雇を適用する理由について

今回、裁判所は、被告会社が事業停止による倒産の危機があることを正面から認めながらも、なお整理解雇法理を適用すると判断しました。
その理由について、裁判所は「専ら使用者側の事情によって行われる解雇」という点を挙げています。
確かに、いかに経営危機で事業規模を大幅に縮小するとしても、企業として存続を目指していく場合には労働者の就労への期待は失われません。
また、経営危機を理由に整理解雇法理の例外を認めた場合、杜撰な経営をした企業ほど容易に整理解雇法理を免れるという矛盾した結論を認めることにもなりかねません。
そのため、経営危機により事業の大幅縮小する場合でも整理解雇法理を適用するという裁判所の判断は適切であると考えます。

整理解雇法理を用いる際の考慮要素について

裁判所は、早期に資金ショートや倒産の蓋然性があることを理由に人員削減の必要性と解雇回避努力義務の履行そして解雇対象者選定の妥当性を割とあっさりと認めています。
この判断は、実際に被告会社の財務状態が急速に悪化しており、改善の見込みも立たない状況ではやむを得ない側面があるかもしれません。
しかしながら、被告会社は令和2年2月4月以降は存続店舗の選別を開始していました。
そのため、その時点から解雇予告までの2か月強の間に解雇回避努力のひとつとして希望退職の募集が可能だったかはもう少し丁寧に検討してもよかったかもしれません(結論が不可能だとしても)。
また、同様に存続店舗の選別から解雇予告までに若干の期間があったことからすれば、機械的に閉鎖店舗の従業員を解雇対象として選定することは少し急いだ結論のように感じます。この点も、存続店舗への配転可能性をもう少し踏み込んで言及してほしいと感じました。

労働者への説明手続の重要性について

裁判所も指摘するとおり、さすがに労働者への説明が乱暴に過ぎると感じました。
今回のケースでは、被告会社内部では詳細に財務分析や存続店舗の選定が行われていたようですが、労働者側からすればそのような事情は全く把握できません。
そして、経営危機を理由に労働者への説明を不要としてしまうと、倒産リスクの高いケースほど労働者の就労に対する自己決定の機会を奪う結果につながります。
すなわち、通常、整理解雇においては解雇回避努力の一環として希望退職の募集が行われます。そして、労働者側としては、経営状況の適切な開示を受けて初めて退職に応じるのか、それともリスク覚悟で在職し続けるかの判断できるようになります。
そう考えた場合、労働者への説明手続は労働者の自己決定・リスク選択の機会を与えるためにも軽視してはならない要素といわなければなりません。
したがって、今回の裁判所が労働者への説明手続を重視し、今回の解雇を無効と判断したことは適切だったと考えます。

もっとも、労働者への説明手続は整理解雇法理のなかでは補充的な要素と位置づける考え方もあります。
その考え方によれば、急速な経営危機の状況が実際に存在し、倒産回避のためには整理解雇も不可能という事情があれば、使用者側による恣意的な解雇の危険はないため整理解雇もやむを得ず適法という判断もあり得るのかもしれません。
この点についてはさらなる同種事例の集積を待ちたいと思います。

最後に

以上、アンドモワ事件を取り上げました。
今回の判決は、たとえコロナ禍で大幅に事業を縮小する場合でも、事業を継続する以上は「整理解雇法理」の適用は免れないとしました。
また、労働者への説明手続を全面的に省略すると、たとえ整理解雇が必要でやむを得ないとしても無効となるとも指摘しました。
使用者側からすると、急速な経営危機が進む状況において労働者への説明にまで手が回らないと感じるかもしれません。
また労働者への詳細な事前説明をしてしまうと、経営悪化の風評が誇張されて広まりかえって再建が困難になるという懸念もあるでしょう。
ただ、整理解雇が専ら使用者側の都合に基づく解雇であること、そして、解雇される労働者側の就労に対する自己決定の機会を与える必要があること、安易な整理解雇を防止する必要があることから、裁判所が整理解雇法理自体を緩和することは考えにくいように思われます。
そうすると、企業側としては、整理解雇が想定されるような経営危機が予見される場合には、ある程度経営体力が残っている段階で

  • ある程度キャッシュが残っている段階から速やかに資金計画を立てる

  • 希望退職募集に必要となる資金を確保し、その範囲内で退職条件を策定する

  • 解雇対象者の人選を可能とする人事評価基準を策定・運用しておく

  • 労働者への説明内容と開示する経理・財務情報の範囲を予め決めておく

などの事前対応をしておく必要がありそうです。
今回の事例からは、危機状況だからこそ整理解雇のためには入念な事前準備が必要であることを再認識させられました。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

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