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【読書note】:『兄の終い』
村井理子さんの『兄の終い』を読んだ。
あっという間に、1時間もかからないくらいで読み終わった5日間だった。
あとがきを読むまで、小説だと思って読んでいたので驚いた。
確かに、このスルスルと読めてしまう感じは、エッセイや誰かの日記がもつ読みやすさと似ていた。
軽さがあって読みやすく、でも確実に現実に生きられている人生なので、にじみ出てくるものが読んでいる自分の心の深いところにも届く。
今、こういう文章がたくさん読みたい時期なので、なんともぐうぜんの、うれしい巡り合わせだ。
『心だけは優しい子』の節は、読んでいて胸につかえた。
本当にすべて私のせいだったのだろうか。私が病弱だったから、兄は今のような人間になったとでも言うのか?私は疑問に思い、母に反発した。すると母は必ず、このセリフで私の言葉を封じ込めた。
「あんたは何も知らないだけ」
兄は確かに優しいところもある人だった。
動物が好きで、子ども好きで、涙もろい人だった。しかし、次々とペットを飼っては、ろくに世話もせず、あっという間に死なす人でもあった。涙もろさは、欺瞞であり、まやかしだった。嘘ばかりつく人だった。
乱暴で、人の気持ちが理解できない勝手な男。
母が兄をどう庇おうとも、私からすれば、そんな兄だった。(p。30-31)
どうしようもない淋しさや悲しさが、こういうところにある。
私はこういうことばかり考えてしまう。
100%誰かが悪い「行為」というのはあると思う。
でも、100%悪い「人間」というのはいない。
それが救いでもあるし、時にやるせなくて底のない絶望だったりする。
兄に迷惑をかけられ、嫌な思いをさせられ続けていたにもかかわらず、アパートの保証人になってしまうところの怒りや葛藤や動揺も、カラリとした文体の中に生々しさがあって、読みながら私の一部も小さくふつふつと煮えているように感じた。
私は、親族を亡くしたことはあっても、憎い親族を亡くしたことはまだない。
恨みや憎しみなどの確執があった人が亡くなったあと、固く結ばれていたものがするするとほどかれていく描写は、これまでに何度も見た。
そんなふうになるものなのだろうか、と単純に不思議に思う一方で、そんなふうになるんだろうなぁ、という気もする。
死んだ人は、もう攻撃してこない。もう誰かにひどいことをしたりしない。
それまで知らなかったいやなことが、その人の死後に自分のもとに届いてしまってうんざりしたり泣けてきたり怒りに震えたりすることはあっても、もう新しい攻撃はない。
引きずることはあっても、出来事が増えることはない。
死んだ人に対しては、もう気を張って攻撃に備えなくてもよくなる。
しなくてよくなった分、心に場所が空いて、その場所の分、相手を想像してみたり、理解しようとしてみたり、許そうとしてみたりすることに使えるようになるのかもしれない。
または、その人の人生がある意味区切りを迎え、一つのかたまりとして見られるようになったことで、俯瞰できるようになり、思い至ったり、理解出来たり、許せたりするようになるのかもしれない。
そんなふうに考えた。
好きな文章がいくつもあった。
三日目ともなると、あろうことか兄の汚部屋にもすっかり慣れてしまい、あれほど恐ろしかった空間が凡庸なものに見えはじめていた。(P.110)
こことか好きだったな。
主人公(というのが正しいのか)である著者の、姪や甥に対するまなざしややりとりも好きだった。
兄の息子である、甥の良一くんに関わる大人たちの多くが、優しくてあたたかいことに安心感を覚えた。
最後、良一くんと一緒に、色んなものにきちんとお別れしてまわっていくところもよかった。
お父さんとのさようならは突然のものだったけれど、きちんとさようならをやっていくことはとても大切なことだと思う。
全部読み終えたあとに、タイトルのロゴデザインや装丁のイラストを見ると、すごくピッタリだなぁと思う。
なんだか一息つけないスピード感、ちょっと尖った感じ、ほんの少し秩序が乱れている感じ。
色んなものをとにかく抑えて、キチッとキリッと事を終えてしまわなければいけない感じの表情。
そういうことが表れていてよかった。
こんな兄がいたら、本当に大変だ。
だけど、最後の一文にはやっぱり泣いてしまうし、愛しさすら感じてしまう。
他人の私だから泣けるのかもしれないし、他人なのに何かを重ねたから泣いたのかもしれない。
面白かった。
☆
他には最近、ヨコイエミさんの『カフェでカフィを』①~③やpanpanyaさんの新刊『おむすびの転がる町』を読んだ。
どっちも面白かった。
どれが好きとかはまた別の話として、panpanyaさんの漫画は、いつも新刊が一番面白い。
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