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『月のような山』ーあの頃に戻る時間

櫻井田絵子著

時間に追われ、余裕のない時には
手を出しにくい本かもしれない。
でも、そんな人、そんな時こそ手に取って
ほしい1冊。


著者は山形県鶴岡市出身。
18歳で上京するまで
彼の地で育ち、3.11の大地震を
東京で経験して
故郷に戻ることを決意。

この本は、故郷で過ごした子供の頃の自分と
対話するように
紡いで織り上げられたエッセイ。

豊かな自然が残る地で育った人なら
ノスタルジーを感じざるを得ないだろう。
が、それよりも、自分の中に
大切にしてきた原風景が
こんなに色彩を損なうことなくフレッシュに
持ち続けてきた人は珍しいのではないか。
それが第一の印象だ。

どれだけ人の思いの詰まった風景でも
人は案外あっさり忘れてしまうものだし
残っていても、記憶の中で少しずつ
変形してしまうことは
よくあることだ。

著者は、その原風景に自分の解釈や
意味づけをすることなく
その風景をそのまま大切に抱いてきた。
その頃の自分と同じように、
今の自分が素直に向き合っている。
その向き合い方にとても好感が持てる。

少しずれるかもしれないが、
これは、ある意味でネガティブ・
ケイパビリティかもしれないと思った。
急いで、もしくは拙速に答えを
出すことはせずに
答えが見えない曖昧さの中にいること。
その間、環境も自分自身も熟成が進み、
当初よりも厚みのある答えが見出せる
可能性が高まる。

著者は、どんな風景にも
「これが現時点の自分の答え」のような 断定は一切していない。
まだ熟成を続けるようだ。
そして、その熟成の過程を楽しむことが
人生だと思っているようだ。
その姿勢が清々しくて気持ちいい。

私はこの著者の友人でもある。
それにしても、素敵なエッセイだと言いたい。

4月。学校や職場の環境が変わったり、
自分の役割が変わったりと、
何かと忙しい季節だ。
それに、新年度だから抱負や目標を
立てなさいと言われることも多い。

だからこそ、ゴールデンウィークあたりに
時間を取って
ゆっくり読んでほしいと思う。
さっと読めるが、じっくり味わってほしい。

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