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〔ショートショート〕betterはbitterでsweetなタイマーをsetする

みゆです。

私は先日、車に乗っていて好きな曲(海)をリピート再生しすぎて感情が引っ張られてしまいました。数日たつけれど、まだ戻ってきません。我ながらバカだなぁと思うのですが。

仕方がないので「毒には毒」で、曲から感じた事で制作してみます。よかったら、少しお付き合いください。



         betterはbitterでsweetなタイマーをsetする

ちくんちくん。

胸が痛い。また、タイマーが作動したみたいだ。あの人が私にセットした甘くて苦い、棘付きのタイマーが。今回作動したのは、テレビで海を見たから。あの時、あの人と見た海を。


あの日、私は早朝の空港にいた。

なぜか今日あの人に会わなければいけない様な気がしたから。

あの人の住む所に近い、海の上の空港は本数が少し少ない。一番早い時間の便はあいにく満席だ。1つ遅らせようと思ったら、キャンセルが出て乗れる事になった。ラッキーだ。今日はいい事があるかもしれない。

周りはみんな大きな荷物を持っている。私はいつものハンドバッグ1つだけ。他の荷物なんて無い。荷物検査の職員が、そんな私を不思議そうな顔で見た。

飛行機に乗ると、離陸の瞬間が一番緊張する。画面に映し出される機体の様子をじっと見てしまう。ふわっと浮き上がった時はいつも良かったと思う。今日もちゃんと飛べたと思う。

入れてもらったコーヒーを飲みながら、40分間の空の旅を楽しむ事にする。

到着だ。あの人の住む所までやって来てしまった。アポも何も取っていない。そもそも、今日会えるのかどうかも分からない。それなのに、飛行機に飛び乗ってしまった。

電話を掛けてみる。コール音が10回なった時、電話がつながった。

「もしもし?」

起きたばかりみたいだ。

「私。今ね、空港にいるんだけど。」

「空港!?何しに来たん?一人?」

「急に、会いたくなったの。」

「じゃあ、今からそっち行くから。ちょっと待っててな。」

1時間ほど待っていると、あの人がやって来た。助手席に回って車に乗った。

あの人は、急にやって来た私に驚きながらも嬉しそうにしてくれた。空港を出て、近くの海浜公園の駐車場に車を止めた。

「ほんとに、いったいどうしたん?何かあったの?」

私の顔を覗き込んであの人が聞く。

「ううん。ただ、会いたかったから。」

「でも、彼氏は?黙って来たの?」

「うん。気が付いたら、空港にいたの。」

「そうか・・・。」


私には付き合っている人がいる。

だけど、今目の前にいる彼の事も愛している。ずるい事だと思う。許されない事も知っている。気持ちが大きくなっていく事を私には止める事は出来なかった。

彼と知り合ったのは、私が住む街のバーだった。友人の結婚式に行った帰りだという彼と友人達に声を掛けられたのだ。

初めて会うのにそんな事は全く感じず、昔から知っている人のように感じた。そんな私達は自然な流れで朝まで一緒に過ごしてしまった。

付き合っている人に対して罪悪感は少しあった。

彼とはその日だけの事かと思っていたけど、メールをしたり、たまに電話で話したりした。遠くにいるのに、会えないのに、思いは大きくなっていくばかりだった。

彼はよく言っていた事がある。

10回のメールより1回の電話。100回の電話より1回会う方がいいと。

お互い制限のある今の関係をどうにかしたいけど、どうにもならない、そんな感情からきた言葉だと思った。


車の中で彼を見ていたら、涙がこぼれて止まらなくなった。彼の事が大好きなのに、何も行動に起こせないふがいない自分。そんな私を好きだと言ってくれる彼。

「なになに、どうしたん?泣かないでいいやん。」

彼はそう言って、私をそっと抱きしめてくれた。

海を眺めていたら、水面に陽があたってキラキラしてとてもきれいだ。そっと打ち寄せてくる波。空には時折、飛行機も飛んでくる。日本の飛行機、どこか外国の飛行機。ここから飛行機に乗ったなら、どこか知らない所に行ったなら、新しい自分になれるだろうか。


彼は晩に帰ると言った私にいろいろ見せてやると言い、車を走らせてくれた。私は行った事がある所もあったけど、知らない所もたくさんあった。有名な所も、そうじゃない所もいろいろ見せてくれた。

途中、ごはんを食べた時に少ししか食べられない私を気にしてくれた。

「ごはん、ちゃんと食べるんだよ。そんなに痩せてしまって。」

ごはんがなかなか食べられずに私は痩せてしまっていたのだ。なかなか会えないのに、心配させちゃった。やっぱり、ダメな自分。それなのに、彼はやっぱり優しい。私なんかと出会わなければ良かったのに。あの時1回だけで良かったのに。申し訳ない気持ちで一杯になった。彼にも、付き合っている人にも。


飛行機の時間が近くなってきた。そろそろ空港に戻らなくては。

彼は、脇道に入って車を止めると私に言った。

「ちょっと待ってて!」

しばらくして出てきた彼は、手に袋をぶら下げている。

「たこ焼き。ここのたこ焼き、めちゃおいしくてな。いっぺん食べて欲しかったんや。飛行機の中で食べたらいいやん。」

手渡された、たこ焼き。熱々のたこ焼き。私の胸も、熱くなる。

帰りの便は空いていた。チケットを買い戻った私。

「また、今度会おうな。今度は俺がそっちに行くわ。」

「うん。会おうね。待ってるし。」

でも、私には分かっていた。もう会う事は無いのだと。これが最後なのだと。きっと、彼も同じ気持ちだったに違いない。

搭乗口で、ハグをした。人の目は気になったけど、かまわない。だって、これが最後なのだから。

そして、握手をして手を振りながら搭乗口をくぐった。彼は、ずっと見送ってくれた。私も何回も振り返った。やっぱり、また涙が出てきてしまう。

飛行機に乗り込むと、私はテーブルを出した。彼に買ってもらったたこ焼きを食べるために。熱々だったたこ焼きは、ぬるくなっていた。彼はおいしいって言っていたけど、今の私には味がしない。しょっぱい味がするばかり。10個も入ったたこ焼き。今の私には半分も食べられない。でも、食べる。10個とも、全部食べてやる。泣きながら、たこ焼きをむしゃむしゃ食べる若い娘は、きっと奇妙だっただろう。

飛行機は無事に離陸し、また40分の空の旅。

家に帰った私は携帯を取り出した。

彼に1通ありがとうってメールを送った。

もう、これで最後。連絡もしない。連絡先も、消す。

また、彼に出会う以前の生活に戻るだけだ。これでいいんだ。これでいい。

bestじゃないけど、betterでいい。これでいいんだ。これで。


あれから、何年たっても時折タイマーが作動する。そのたびに私は甘くて苦い棘にやられてしまう。そのキッカケは些細な事。甘くて苦い棘は、きっと彼の思い。あの時のたこ焼きに仕込まれていたんだろう。

連絡を取る事が無くなっても、私はこうして彼を思う。一生思うのだろう。

あの日、betterな選択をした私にはbitterでsweetな棘付きのタイマーがsetされている。いつ作動するかは、誰にも分からない。




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