【秋ピリカグランプリ】紙切れ一枚の間柄
「それじゃ、私はこれで。今までありがとう。元気でね」
「そっちこそ元気でな」
市役所から出た私達は、お互い握手をして反対方向に歩き出す。夫の手にこうして触れたのはいつ以来なのだろう。もう思い出せない程前の事なのかもしれない。
コンビニでホットコーヒーを買い、近くの公園のベンチに座った。平日午前中の公園は人影もまばらで週末のような賑わいはない。秋の柔らかい陽を感じながらゆっくりとコーヒーを一口飲んだ。思わず両手を空に向かって高く上げて伸びをし、秋の空気を思いきり吸い込んだ。
つい今しがたこれで最後だからと二人一緒に市役所で離婚届を提出してきた。職員が記入された離婚届をチェックし、それはあっさり受理された。紙切れ一枚で始まり、紙切れ一枚で終わった私達二人は、これで晴れてお互い自由の身となった。
離婚をしたが、私達は憎しみあって別れる訳ではない。いわゆる卒婚を選択したのだ。
人生の折り返しを過ぎ子供達が独立して、また夫婦二人だけの生活に戻った時、私はどうしても夫と過ごす未来を思い描けなかった。きちんと仕事をし、そこそこ家庭の事も気に掛けてくれ、DVを受けている訳でもない。何が不満なのかと問われると答えに困る関係性だ。
ただ私の心がもう寄り添えないと言っている、それだけの事なのだ。人に言えば我儘だとか色々言われるだろう。自分の気持ちに蓋をすれば、おそらく二人は一生このままでいられる。
私達はこの関係から卒業する事にしたが、そこに至るまではなかなかすんなりとはいかなかった。それはそうだろう。夫にしてみれば、今まで上手くいっていると思い込んでいた結婚生活を終わりにしたいと妻から爆弾を投げられたのだから。
卒婚を言い出したものの、自分自身これでいいのかと心が揺らいだ。今までのように何も感じない振りをし、見えた事も見えない事にしてしまえばいいのではないかと。だけど、私の本心は自由を求めていたし、本当の意味で自立をしたかった。それに、私には夫の生活音がもうどうにも受け入れられなくなっていたのだ。コップを置く音もドアを閉める音も、夫が発する咳やくしゃみでさえも。
夫に想う人がいる事も私は知っている。実際にどんな関係なのか私は知らないし、興味も無い。ずるいかもしれないと思ったが、この事をちらつかせるとやっと夫は首を縦に振った。それから話はスムーズに進み、子供達にも報告した。子供達からは「好きにすれば?」と言われただけだ。
コーヒーを飲み終わるともうお昼が近かった。ランチには最近できた話題のカフェに行く事にしよう。これからは、何でも私が思うように選択して生きていける。自由には責任も伴うが、これはとても心地いい事だと三十年ぶりに思い出した。足取りも軽く鼻歌交じりでランチに向かいながら、私はプラトニックな関係の彼の顔を思い浮かべていた。
(1175文字)
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秋ピリカグランプリ2024に応募します。
文章がなかなか出ませんでしたが、なんとか書けて良かったです。
もう少し寝かせて推敲を重ねようかと思いましたが、日が経つとハードルが上がり過ぎてしまうような気がしますので、初日にエイっと応募する事にしました。
後は野となれ山となれ、です笑
運営並びに審査員の皆さまどうぞよろしくお願いいたします。
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