己を貫くときの己とは
特に社会人になって、場面が変われば自分が変わることにふと気がつきました。
これが結構違う人になる(自分比)気がするんです。
何が違うかというと、口調とか態度ではなくて、考え方とか行動が違うんです。
どれが本当の自分なのか自分でも分からないけれど、それでもあとで振り返ると、8割は自分らしくいれたと思っているんです。
”自分”はどこへいっても同じであるはずだと思っていたんです。一人の自分なのだから。
だからたくさん自分がいることって、おかしいんだとも思っていました。
最近、平野啓一郎さんの「分人主義」という考え方を知りました。
「これこれ!」
目から鱗でした。
自分は”ニセモノの自分”を演じてはいなかったんだとホッとしました。
大河ドラマ「光る君へ」で、いとが言っていた「己を貫くばかりでは、誰とも寄り添えませぬ」。
己と自分に思い込ませていたものが、自分の中で充満して、それを己だと思い込んで己を貫いてきた部分が、自分にもあったなぁと。
夫婦関係だけではなく、自分と他者との関係によって、自分が変わることを許容して生きていける許可が下りたような気がして、心が軽くなった金曜日でした。(録画していた光る君へを金曜日に見ました)