キルフェボン紙袋騒動を考察する。令和の紙袋有料化は正当か? 〜アパレルショッパー戦国時代に生きたわたしたちへ〜
先日、ついったらんどで下記のツイートが話題になった。
多くのいいねとコメントを獲得し、物議を醸した本ツイート。キルフェボンといえば、キラキラしたフルーツが乗ったタルトが有名なお店だ。
プラスチック製のレジ袋が有料化したのは、約3年前のこと。そういえば、いつの間にか紙袋まで有料とするお店が多くなった。わたしもキルフェボンの件に限らず「紙袋って有料化の対象じゃなくない?」とひそかにモヤっとしていたひとりだ。
今回は、どのような背景で紙袋が有料化となったのか。そして、多くのお店が紙袋を有料化する中でなぜキルフェボンは燃えてしまったのか?を考察していきたい。
紙袋は「レジ袋有料化」の対象外
2020年にプラスチック製買い物袋(レジ袋)有料化がスタート
2020年7月1日、プラスチック製買い物袋(レジ袋)有料化がスタートした。制度の背景は、下記のような内容だ。
環境課題解決のため、ライフスタイルを見直すことを目的とした制度であるとの説明だ。なお、本制度において、紙袋は対象外である。
紙袋有料化に対する各ブランドの説明
制度における「レジ袋」とは「プラスチック製買い物袋」を指している。それではなぜ、制度の対象外である紙袋まで有料化している企業が多いのだろうか?その理由を、一部のブランドであるが調べてみた。(太字は筆者によるもの)
キルフェボン
※ちなみにBAUMのエコバッグは、Sサイズ880円、Mサイズ1,320円(税込)。サスティナビリティ(持続可能性)を大切にするブランドであるBAUMでは、紙袋という選択肢自体がない。
紙袋は、環境保全のための「ショッピングバッグ」として有料化された
現在、紙袋は「ショッピングバッグ」という名称で呼ばれていることが多いようだ。イコール買い物袋であるのだが、ショッピングバッグというだけで、なんだか大層な「買わなければいけないもの」という雰囲気が醸し出される。
そして、それらのショッピングバッグが有料である理由は、いずれの企業も「環境保全」のためであり、プラスチック製レジ袋の有料化の流れとは別件ということである。
環境保全とは?
環境省HPの政策を見ると、その中身は「環境」と一口にいえないほどさまざまな課題があることがわかる。わたしたちが環境と聞いてふんわり思い出すのは、近年話題の「SDGs(持続可能な開発目標)」ではないだろうか。
SDGsとは?
この中で、今回の紙袋有料化の話に結びつきそうな項目をいくつか見つけることができた。
11.住み続けられるまちづくりを
“だれもがずっと安全に暮らせて、災害にも強いまちをつくろう”
12.つくる責任、つかう責任
“生産者も消費者も、地球の環境と人々の健康を守れるよう、責任ある行動をとろう”
紙袋だって有限、ごみ自体を減らす必要がある
紙袋の材料となる木も、無限に生えているわけではなく有限のものだ。さらに紙袋を製造する過程でも、ごみとして処分する過程でも、エネルギーが必要となる。
わたしのように「紙袋なかなか捨てられない族」もいて、紙袋を一度で捨てず再利用する人もわりと多いだろうと思うが、いずれはごみとなるものだ。
ショッピングバッグが有料であれば「マイバッグを持って行こう」となる人は増えるであろうし、その一人ひとりの行動により、いずれごみとなる紙袋の利用自体を減らすことにつながるだろう。
「ショッピングバッグ」の有料化は、環境保全に貢献する企業の活動である、というのは、まぁ合点がいく。
企業は「サステナビリティ情報の開示」が求められるようになった
環境についての背景としてもうひとつ。2023年1月より、企業は有価証券報告書にてサステナビリティ情報の開示が求められるようになっている。
(例)株式会社ファーストリテイリング 第62期有価証券報告書
このため、有価証券報告書の提出義務のある企業にとって、環境保全についての取り組みは「オープンにする義務があるのでやらざるを得ない」ことであるようだ。こうした企業にとってショッピングバッグの有料化は、サスティナイビリティに関する取り組みのうちの「ごく一部」にすぎない。
サスティナビリティ情報の公開については企業規模によるところもあるし、多くの消費者はそこまで細かく見ていないというのが実際のところだろう。
ただ、企業の環境問題における取り組みについては、これからの時代は消費者も目を向けるべき部分かもしれない。それこそ「つかう責任」として。
実は、先ほどの「紙袋有料化に対する各社の説明」の部分で、ブランド名に公式HPのサスティナビリティ情報のページをリンクしてある。(※キルフェボンを除く)HPに掲載されている情報は消費者にもわかりやすく記載されているので、興味がある人は覗いてみてほしい。
なぜキルフェボンは燃えたのか?
2023年12月現在、紙袋を有料化しているお店は多い。紙袋が有料で叩かれる店、叩かれない店は、一体何が違うのか?なぜ、多くのお店の中でキルフェボンは燃えてしまったのか?
ここからは消費者の「お気持ち」の話になる。
ハレとケという日本の文化
日本には、ハレとケという概念がある。ハレとは特別な日、ケとは日常のことを指す。
先ほど挙げた有名なブランドのうち、ユニクロや無印良品などは「ケ」の商品を扱う。日常の生活用品の位置付けである商品は、マイバッグに入れることに心理的な抵抗はおそらくほとんどもたれない。
また、マイバッグにがさっと入れても、品質や形状を損なうことなく安全に持ち帰ることができる商品が多い。
ハレの品をマイバッグや再利用の袋で人に渡すのは「ありえない」
一方、キルフェボンのタルトの場合はどうだろうか。ほとんどの人にとっては、記念日や誕生日、自分へのご褒美など、特別な日に購入する「ハレ」の商品である。
とっておきのおみやげやプレゼントを、普段使いのマイバッグから取り出して相手に渡す人は、キルフェボンのタルトに限らずいないだろう。このシチュエーションで、再利用の紙袋を使う人もほぼいないはずだ。
さらに、タルトの箱を安定して入れられる、固くて広い底マチがついたマイバッグを持ち歩いている人は少ないと思う。(キルフェボンの5〜8ピース用/15・17・21cmホール用の箱で、幅34cm×奥行き22cm)
つまり、機能面でも装飾面でも、キルフェボンのタルトに紙袋が不要であるというシチュエーションは、ほとんどの購入者にとって「ありえない」ことなのである。もし袋を買わなければ、安全に持ち運ぶことも、シャンとした状態で人に渡すこともできない「贈答品としては未完成な品」を受け取ることになる。
そこで袋の要否の選択をさせることは、購入者にとって果たして必要なことなのだろうか?
ガタガタ言わず55円の紙袋くらい買えや、ケチ!なんでも無料だと思うなよ
…と、的外れなリプライがついったらんどから飛んできたわけだが、1ピース1,000円、ホール10,000円ほどするタルトを買いに行く人たちは、決して55円の袋代をケチりたいわけではない。それは、彼らの給料がいくらであろうが同じだと思う。
紙袋に製造費がかかっていることは誰しもが理解しており、無料でもらえて当然、お金を払う価値のないものだ、とは誰も思っていないだろう。
もし「えっ、紙袋55円か…案外するな」と心の中で思う人がいたとしても、一瞬顔を覗かせた"日常"の自分の存在に少しだけガッカリしながら「袋お願いします」とにっこり言い、買っていくと思う。
多くの庶民にとってキルフェボンでの買い物は、普段着のスイーツよりも"お金を使うつもり"で来た、ハレの日の買い物だ。
そんな特別な日にまで、たかが数十円の紙袋を買うかどうかを選択させられる「所帯じみた」やり取りをしてシラけたくないから、はじめからタルトの本体代金に含んでおいてほしい、ということを言っているのである。
しかし紙袋を有料化するという手段よって環境に配慮しているという「ポーズ」を見せることが目的なのであれば、紙袋が購入者にとって言うまでもなく必要であろうが、紙袋代を本体代金に含んで売ることはできないだろう。
キルフェボンの競合はハーブスよりもデパコスブランド?
当該ツイートでキルフェボンとよく比較されていて興味深かったのが、デパコスだ。たしかに、女性にとって特別な日のスイーツとデパコスは、購入の機会、モノに感じる価値、価格帯、いずれを取っても立ち位置が非常に近いと思う。
「デパコスは袋をつけてくれるのに、キルフェボンはつけてくれない」
相談したわけでもないのに、多くの女性が自然としていたこの比較は、非常に興味深い。実際、デパコスブランドでは無料でしっかりとした紙袋をくれて、お渡し用の袋までつけてくれるところも、まだまだある。
では、デパコスブランドが環境に配慮していないのか?というと、そうではない。むしろ、各社が多くのことに取り組んでいる。
たとえば、商品パッケージをエコデザインに変更したり、環境に配慮した原材料を選んだり、CO2排出量の少ない輸送方法に変更したりということが挙げられる。
ラッピングについては、素材を環境に配慮したものに変更したり、最小限の面積にしたりといった点で努力をしている。その中で「商品の身体の一部である紙袋をつけないこと」は、しないという選択なのだろう。
デパコスブランドでは、顧客体験を損なうことなく、環境への配慮はしっかりと行われているのだ。
余談だが、ホリデーシーズン限定のディオールコスメのラッピングのかわいさといったらない。あのラッピングが欲しいがために、何か理由をつけて買ってしまいそうになる。
エコで失われた買い物体験のエモ
時は平成、アパレルショッパー戦国時代。かつて女の子だったわたしたちは、憧れのショップで買い物して手に入れた輝かしいショッパーを、何度も何度も、擦り切れるように使った。
憧れブランドの服を纏った、かわいい店員さんがいるお店での、胸が高鳴る買い物体験。他ショップの存在を一瞬にして消す店員さんの秘技「おまとめしましょうか」でもらった、おっきなサイズのショッパーを肩から提げて歩いた帰り道。
その一つひとつはその場限りの消費でなく、洋服を宝物のように扱ったりその後もショッパーを使ったりすることによって、何度も繰り返し余韻を楽しめるサスティナブルな体験だった。
思えば、あの一連の体験こそが案外「エコ」だったのかもしれない。
今やなんでもオンラインで買えてしまう便利な時代だが、物流や配達員不足の問題もあるので、わたしはできる限りリアル店舗で買うようにしている。頼むたびに梱包材のごみが出てしまうのも、それこそエコではない。
コロナ禍の名残りも大いにあると思うが、リアル店舗の売り場の対応は、どんどん最小限の「エコ」になっていき、味気なく感じることもある。
お店としては「気に入らなければオンライン、もしくは他店でどうぞ」となるだろうし、お客としては「こんな思いをするならサクッとオンラインで買えばよかった」と思うこともあったりする。
それでも、素敵な店員さんと出会える瞬間や、リアル店舗の買い物でしか得られないときめく体験は、絶対に存在するのだ。
紙袋の有料化は正当か?の結論
これまでわたし自身、紙袋の有料化について疑問を感じていたが、今回さまざまな物事を背景を知ったうえでのわたしなりの結論は、
紙袋の有料化は「正当」だ。
正当、というよりは、そういう時代だから仕方がないのだ。もう何も考えずに、エネルギーや資源をバカスカ使うわけにはいかない時代になっている。
環境に配慮することは、企業のみ・消費者のみに課せられたことではなく、また、販売店の規模も関係なく「令和の時代を生きるうえで、当たり前にみんなでやらなければいけないこと」となっているのだ。
現代の企業は、顧客満足と環境保全の間で揺れていることだろう。あちらを立てればこちらが立たず。その他にも原材料費の高騰や人材の不足など、消費者から見えない企業の課題はきっと多くある。
しかし、課題に取り組みつつも、顧客体験を損なわないように努力してくれているんだな、と伝わる企業には喜んでお金を払いたいし、応援したい。
今回のキルフェボン紙袋騒動を通じて、キルフェボンのかわいらしいタルトが恋しくなりながら、そんなふうに思う。