これも恋かしら?
「おっぱい、大きくなってるよな?」
気の置けない仲間6人での恒例の伊豆旅行。布団の中で、食べきれないほど振る舞われた新鮮な海鮮で満たされた腹をさすっていたら、もう寝たと思っていたユタカが、突然こんなことを言い出した。もう一人同室のカツヒコは、イビキをかいて寝ている。
「うん。そういう効果のあるサプリ、毎日飲んでるもん」
還暦を第二の人生の始まりと考えるようになった私は、その5年前からいろいろと準備を始めた。
髪を伸ばし茶色く染め、ピアスをし、眉毛と睫毛を整え、爪を飾り、そして普段から化粧と女装をするようになった。
この仲間たちにカミングアウトしたのは、女装に違和感がなくなったと自らに「合格点」を出してからだった。
中学に入って以来の友人だから、45年来の付き合いになる。彼らと知り合う前から女装を始めていた私だったが、性別違和感というよりは、女性的な生活スタイルへの憧れといった気持ちによるものだった。
人に言えない趣味――多くのクロスドレッサーと同様、私もそのように捉えていたのである。
時代もあった。女装するロックミュージシャンやタレントもいたし、性転換手術を受けた芸能人もテレビに出ていたが、一般人の女装はただの変態行為と見なされていた。
だから私は親にも兄弟にも、もちろん同級生にも自分の「趣味」はひた隠しにしてきたのである。
仲間数人の前でカミングアウトとたときに、「もっと早く言ってくれればよかったのに」とショータは言ったが、とてもそんなことはできなかったのだ。
もう一緒に旅行することもないかもしれないと半分覚悟を決めていたのだが、拍子抜けするほどあっさり受け入れてもらえ、今日もこうしている。
ユタカが私のおっぱいの話をしたのは、夕方一緒に温泉に入ったからに違いない。
私はトランスジェンダーだが、カラダをいじるつもりはない。日本の法律では、それでは性別変更できないのだが、仮にできたとしてとしても、今のカラダのままで女湯に入れば騒ぎになるだろう。
男湯に入れば入ったらで、若干の混乱を招いたり、あからさまではないがほんのりとした好奇の視線を感じたりもする。
だから本当はトランスジェンダー用の風呂があればいいと思う。だがそれはそれで施設側も大変だろう。だから法に触れず、騒ぎにもならない男湯で我慢している、というのが本音だ。
とはいえ、最近になって、混乱や好奇もちょっと面白いなあと思うようになってきた。私のような存在をどう扱っていいかイマイチわからないけど、傷つけないようにしようという気遣いも感じて、男たちが愛おしくもなる。
ユタカもそんな気遣いをしながら、私の思春期の女の子程度の膨らみをしっかり見ていたんだなと思うと、何だかいじらしい。
「いろいろ努力しているのよ」
「うん。爪もキレイだしな。今回のネイルは落ち着いた感じでいいな」
ユタカは大手の化粧品会社の社員なので、美容については詳しいし、どういう褒め方をすると女が喜ぶかもよく知っている。
「おまえ最近女らしさが増してきて、輝いて見えるよ」
ちょっとそれは褒めすぎよ。酔いのせいかもしれないが、私は頬が熱くなるのを感じた。
「ありがとう。すごくうれしい。感激してます。涙出そう」
そう答えながら、私としてはあまり歓迎できる事態ではないのだが、できれば取ってしまいたいモノが硬くなるのを抑えられないでいた。
カツヒコがいなかったら、私はユタカの布団に飛び込んでいったかもしれない。
それはそれとして、ユタカが褒めてくれるならもっとキレイなりたいと強く思う。これも恋かしら――幸せと恥ずかしさでますます頬が熱くなってきた。
電気が消えていて良かった。