文字を持たなかった昭和 帰省余話10~温泉その一
昭和中期の鹿児島の農村を舞台に、昭和5(1930)年生まれのミヨ子さん(母)を中心に庶民の暮らしぶりを書いてきた。
このことろは、そのミヨ子さんに会うべく先ごろ帰省した折りのできごとなどを「帰省余話」として書いている。帰省の大事な目的だった法事と(6~十三回忌等)、そのあとに実家跡で集ったところまで書いた(9~白梅)。
法事をつつがなくすませたあとは、ミヨ子さんを伴って町内――市町村合併でいまは「市内」――の温泉へ赴いた。温泉で親孝行。これも帰省の大切な目的のひとつである。
元は町立でそのまま市の施設になった温泉「市来ふれあい温泉センター」には宿泊設備はない。が、もともと隣り合っていた国民宿舎が経営を終了、撤去された跡に、近年グランピング施設「吹上浜フィールドホテル」が建てられた。新しくホテル棟もできたので、今回はトライアルを兼ねてミヨ子さんとこのホテルに泊まり、ゆっくり温泉も楽しむ、というプランを立て、周到に準備してあったのだった。
宿泊自体はインターネットで予約したが、長い歩行――ホテル内の移動も十分相当する――はミヨ子さんには負担だろうからと、車椅子の貸出について調べて予約したのをはじめ、食事やアメニティなど、ホテルには何回も問い合せと確認の電話をかけた。
温泉センターのほうは、大浴場が階段を上がった2階にある。ミヨ子さんにここは無理だろうと、今まで入ったことのない1階の家族湯に連れて行くべく、家族湯の内部の造りや備品、利用方法などについてこれまた何回も電話で問い合せた(ホームページで得られる情報が限られたのだ)。
それだけでは足りず、ときどき母親を連れてここの家族湯を利用するという郷里の友人からも、利用上の注意点や使い勝手をよくするコツなどを、メールでたくさんレクチャーしてもらっていた。
だから、ホテルでの夕食前に、家族湯でミヨ子さんとゆっくりお湯につかる気満々でいたのだが。