文字を持たなかった昭和 百六十一(冷たいおやつ――シャービック)
昭和40年代前半、ついに家に「来た」冷蔵庫を使って、母ミヨ子が作ってくれた冷たいおやつについて、まずハウスのプリンミクスを使ったプリンの話を書いた。
ハウスのプリン(ミクス)とくれば、次はなんと言っても「シャービック」だろう。
シャービックは、溶かした「素」を製氷皿などで凍らせて作る、フルーツとミルクの味がするデザートだ。プリンミクスが「冷やす」のと対照的に、こちらは「凍らせる」ことに特徴がある。できあがるとちょっとサクサクした感じ、あえて言えばシャーベットに近い(いまもそうなのかはわからない)。
凍らせるときの容器でいちばん手近なのは製氷皿で、できあがりは四角い。シャーベットみたいな食感でキューブ状だから「シャービック」と命名されたのかもしれない。
もちろん普通の製氷皿でなくてもよく、いろいろな形の製氷皿を使えば楽しい形にできあがるのだが、ミヨ子たちの住む鹿児島の農村の食品店でも「シャービック」が買えるようになった頃は、かわいい形の製氷皿などはまだ売っていなかった。大きな町の製菓用品売場か、鹿児島市内の百貨店にでも行けば買えたのかもしれないが、そんな場所へ行く機会は極めて限られたし、ミヨ子たち農村のふつうの主婦は、冷蔵庫で氷が作れるだけでも画期的で、四角い形以外の氷を作る必要は感じられなかった。
箱の説明通りに作った「シャービック」は、子供たちに好評だった。イチゴ味やメロン味と、バリエーションがあるのも喜ばれた。ミヨ子にとっては、プリンより作りやすいのもありがたかった。
ただ、製氷皿はいまのようなプラスチック製ではなく、アルミの容器の中に、同じくアルミの「仕切り」を置いてから、中の液体を固める作りになっていた。取り出すときは、仕切りについた把手を動かすことで氷を分断した。つまり、「仕切り」は凍った液体を完全に遮断しているわけではなく、固まったあとでバラバラにするのだった。
だから「シャービック」はキューブ(立方体)ではなく、容器の端のほうは斜めになっていたし、底の方は崩れたり割れたりもしていた。
それでも、「素」を溶かすだけでいいので、やがて小学校低学年頃だった二三四も容量を覚え、自分の好きな容器を使って「シャービック」を作るようになった。だから家で作る冷たいおやつの代表は、二三四にとっては「シャービック」だった。
やがて大人になった二三四が本物のシャーベットを食べたとき、「シャービック」との味の違いに愕然とした。それでも「シャービック」が特別なデザートであることはいまも変わりはない。