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文字を持たなかった昭和 帰省余話(2024秋 22) ドラゴンフルーツ余談
昭和5(1930)年生まれで介護施設入所中のミヨ子さん(母)の様子を見に帰省し、郷里へ連れて行ったお話である。入所後初めて施設(グループホーム)で再会し、車椅子も車に積んでふるさとへ。食堂到着が予定より遅れ昼食は順番待ちになった。やっと食事が始まるもミヨ子さんが食べる速さは格段に落ちており時間が押す。食後、菩提寺のお墓(納骨堂)では車の中からお参りししてもらって先を急ぎ、ようやくわが家の跡に着いた。
そして、屋久島在住のミヨ子さんの妹(叔母)すみちゃんから預かったドラゴンフルーツを食べてもらったのであるが。
ふと見ると、ミヨ子さんの唇は赤い果汁で染まっている。「お母さん、口が赤くなってる。口紅を塗ったみたい」とからかうと、「あら、あんたも」と「逆襲」された。二人で大笑いしているとツレが写真に撮ってくれて大切な一枚になった。
ドラゴンフルーツの名前の由来は外皮が龍(ドラゴン)の鱗のようだから、らしい。果皮を剥いてもその色が果肉の周りに残っている。白い果肉の場合、粒々が入った白い実と周囲の赤のコントラストが美しい。赤い果肉の場合は、色が紫がかっていてこれまたインパクトがある。
一方、見た目の強烈さのわりに果肉そのものは淡白だ。甘みも強くない。表現は悪いかもしれないが、白い果肉のほうだと「粘りのないサトイモ」のようだ。もちろんみずみずしいのだが、ぼんやりした味と言ってもいい。
そんなドラゴンフルーツ(赤い果肉のほう)を、今回ミヨ子さんに食べてもらったわけで、「屋久島のすみちゃんの家で採れた」という枕詞のおかげか、ミヨ子さんは喜んで食べ、「うんまか」(おいしい)を連発した。わたしはほっとし、その夜にはすみちゃんに写真つきで無事報告できたのだった。
しかし。あとでドライバー兼運搬係のツレに聞かされたのだが、ミヨ子さんは食べたあと――わたしがほかのことに気を取られていたときだろう――ツレに
「もう少し酸味があるといいけどね」
と囁いたらしい。つまり、味にもうちょっとメリハリがほしい、と言いたかったのだろう。
よく考えたら、ミヨ子さんはもともとプロの農家である。コメや野菜はもちろん、ミカン、ポンカン、スイカ、プリンスメロンといろいろな作物を育ててきた。収量を上げることはもちろん、味をよくするためにいろいろな工夫もしてきた。果物の味はとくに評価に直結するから気を使っただろう。
柑橘類を食べるときも「こや酸が足らん」(これは酸味が足りない)「ちっとしぃじぃとしちょっどね(少しばかり酸味が強いね)」と細かい感想を言っていたことを思い出す。どうやらドラゴンフルーツは「酸が足らん」かったようだ。まあもともとそういう味なんだけど。
それにしても。出されるものはなんでも「おいしい」と食べ、とくに甘いものには目がないミヨ子さんだが、認知機能低下がある程度進んでも微妙な味わいを区別しているようだ。天性のものか、長年の積み重ねか。
改めて思う。認知症の人が「何もわからなくなった(ている)」わけではない、と。むしろ本質を鋭く見抜いているのかもしれない。