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最近のミヨ子さん 介護施設内での面会(後編)

前編より続く)
 動画が変わり、息子のカズアキさん(兄)が差し入れのお菓子をミヨ子さん(母)へ差し出した。ミヨ子さんが入院したとき泡を食って帰ったわたしが持参したものの、病院では差し入れできなかったゼリーとビスケットだ。

 カズアキさんがゼリーの蓋を剥いで渡すと、ミヨ子さんは指についたジュースを舐めて早速「んだ、うんまか」(あら、おいしい)。カズアキさんは「まだ食べてないだろう、ほら、スプーン」とプラスチックのスプーンを渡す。いやいや、もう舐めてるし、とわたしはスマホのこっち側でニヤニヤする。

 ビスケットは個包装を開けるのに苦労していた。カズアキさんが「ほら、袋の、この目印のところだよ」と何回も「指導」するのだが、ほぼ正方形のパッケージは上下左右がわかりづらいのだろう。目印もはっきり見えないのかもしれない。

 それに。これはわたし自身が50歳を過ぎた頃から感じていることなのだが、指先を使う作業や動作にうまく力が入らないことが増えてきた。いわゆるフレイルの手前かもしれない。指の力が減ってきたということもあるのだろうが、脳から指先への指令を伝える神経系統が、十全に機能していないのではないかと思う。結果的に力の入れ具合が完全ではなくなるのだ。ミヨ子さんはその状態がさらに進んでいるのでは、と感じながら動画を「観察」した。いずれわが身でもある。

 もっとも、息子からどんなに怒られてもビスケットはおいしい様子。そして、小言を言っている息子のほうも、2枚目のビスケットの袋は自分で開けて手渡していた。やはりやさしいのだ。

 食べながらおしゃべりもしているが、会話はあまり噛み合っていない。カズアキさんが懇意にしている親戚の名前を出して「T兄さんが、母ちゃんは最近どうか? って聞いてたよ」と振った。わたしたちきょうだいが子供の頃からお兄さん代わりに慕っている人だ。

 が、ミヨ子さんはTさんをすぐに思い出せなかったのだろう。まるで他人からそう言われたみたいに
「口先ではどうとでも言えるから」
と返答して、カズアキさんに怒られていた。「T兄さんだよ! 母ちゃんを心配して声をかけてくれてるのに!」

 ――まあまあ、そう熱くなりなさんな、とわたしはまたこっち側で独り言ちる。ミヨ子さんにしてみれば、眼前の状況と「T(兄)さん」との関連がわからないのかもしれない。

 画面の中のミヨ子さんはまだ痩せているし車椅子姿だが、つい1カ月前ほとんど骨と皮だけの姿でチューブに繋がれていたとは思えないほど回復している。もちろんゼリーもビスケットも、自分で持って食べた。すごいなぁ、94歳(ほんとは95歳)。自分がその年で、食べ物をしっかり手に持って食べられるとは思えない。

 お母さん、長生きしてね。


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