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つぶやき お仏壇のチョコレート
バレンタインデー。
いわゆる本命チョコ――パートナーに贈るものも含む――ではなく、どちらかと言えば義理チョコに近いもののひとつに、父親や男のきょうだいに贈るものがあるだろう(昨今なら相手は男女を問わないかな)。
わたしもある時期から、父にチョコレートを贈るようになった。バレンタインデーに合わせて小さなチョコレートを同封した手紙を郵送する程度、「本命チョコはお母さんからもらってね」という気持ちで、季節のご挨拶みたいなものだったが。
父はマメな人で、人づきあいに関してはとくにそうだったから、贈り物でも届けばすぐに電話がきた。「満面の笑み」が電話口からこぼれ出しそうなほどの声で。
その父が平成23(2011)年の春先に突然亡くなってからは、チョコレートは母に送った。「お仏壇のお父さんにあげてください。あとでお母さんが食べてね」という手紙を添えて。
それから何年か経ち母は兄家族と同居を始めた。実家は取り壊し、お仏壇は新しくして兄の家に設えた。バレンタインデーのささやかな習慣は続いたが、チョコレートを母だけに送るわけにはいかないような気がして、兄の分のチョコレートも入れるようになった。
当然パッケージは大きくなる。そのうち、母と兄宛だけでは悪いような気もしてきて、「みなさんでどうぞ」と大きめの箱のチョコレートも入れるようになり、バレンタインデーの準備が大がかりになってきたと感じていた頃。
帰省したときお義姉さんから「チョコレートはもういいよ」と言われた。母の認知機能低下が徐々に進み、手紙の意味がちゃんとわかっているのだろうか、と案じつつはあった。読んだときは理解できていても、それと目の前のチョコレートがどうつながるかわかっているだろうか、と。「目の前のものを食べてしまう」症状が見えてきた時期でもあった。
こうして、母経由お仏壇行きのチョコレートは去年のバレンタインデーで終止符を打った。
でも父に贈るチョコレートをやめる気になれなくて、今年も小さなチョコレートを買った。今朝わが家の、お仏壇を兼ねる(と思っている)神棚風のコーナーにお供えした。
「今日はバレンタインデーだって。お父さんも、チョコ食べてね」
とつぶやきながら。
父はあんこ物が好きで、洋菓子やチョコレートにはあまり興味を示さなかったが、世の多くの父親と同じように娘が買ってきたものはうれしそうに食べた。わたしたち父娘は娘の思春期に始まった確執が深く、父には(間に立つ母にも)つらい思いをさせた期間が長かったと思う。それが解けたのはわたしが大人になってずいぶん経ってからで、お互いゆっくり時間がとれるようになったらいろいろな話をしたいと思っていたが、父は思いがけず早く逝ってしまった。
孝行したいときに親はなし、である。
せめて、ちゃんと覚えているよ、という気持ちを折り折りに届けたい。いや、自分に言い聞かせたいのかもしれない。
<219>父が健在だった頃の両親のバレンタインデーについては「文字を持たなかった昭和 二百七十五(バレンタインデー)」で述べた。
※写真はお供えした六花亭のチョコレート、奥は自分用に買ったMARSウィスキーとのコラボチョコ。