文字を持たなかった昭和 帰省余話(2024秋 34) 面会での散髪①
介護施設入所中のミヨ子さん(母)との面会について書いてきたが(29~33)、もうひとつかなり特別だった1回についても触れておきたい。
それはわたしが夜の便で郷里を離れることにしていた帰省最終日のことである。実家の建屋がなくなってから「帰省先」になっている息子のカズアキさん(兄)宅で、宅配便で別送する荷物をまとめていたら、お嫁さん(義姉)が「今日はわたしも面会に行くから。お母さんの髪がずいぶん伸びてたから、切ってあげたいの。二三四ちゃん手伝って」と話しかけてきた。
たしかにミヨ子さんの髪はかなり伸びていて、それはわたしも気になっていた。今年(2024)6月末に入所し、直後に感染症での入院騒ぎなどがあったこともあり、散髪していないはずだ。
施設(グループホーム)では理髪もできるが、外部の理容室と提携してのサービスらしく、もちろん有料だと聞いていた。ミヨ子さんは、カズアキさん家族と同居を始めてからお嫁さんが髪を切ってくれていた。お嫁さんは子供たち、つまりわたしの甥や姪の髪も切ってあげていたから、腕はたしかなのだと思う。見せてくれた鋏は美容師の親戚からもらったものだそうで、本格的だった。
お嫁さんは「襟足を揃えるぐらい、すぐすむから」と、簡単な道具を用意した。
施設に着いて、面会のために居室(個室)に入らせてもらう。お嫁さんは「お母さん、髪を切るからね」と鋏と櫛を取り出した。用意した新聞紙は、わたしに「持って、襟足の下に広げて」と指示した。まず襟足、それから左右の鬢の部分、最後に前髪も少し――と、お嫁さんの鋏はシャキシャキと動き、鬱陶しそうだった髪はかなりさっぱりとした。
ちょっと驚いたのは、「髪を切ってあげますので」といった話を施設の人にはしなかったことだ。ビフォー・アフターで一目瞭然ではあるが、居室でそんなことをしていいのだろうか。もうひとつ気になったのは、いかに新聞紙を肩の上に置いて切った髪を集めているとは言え、細かい毛が落ちて室内もミヨ子さんの服も汚れるだろうということだ。「本格的に」散髪するときはケープなどを使うのだろうが……、とわたしは釈然としない。
当のミヨ子さんは、以前なら「さっぱりした」とか「襟足がちょっとスース―する」といった感想をもらしただろうが、されるがままでこれといった反応は見せなかった。鏡を見る機会はあまりないだろうし、どんな髪型でも気にならないというか、もう関心がないのかもしれない。(「面会での散髪②」へ続く)