文字を持たなかった昭和 百六十八(秋の運動会――かけっこの屈辱)
「百六十七(秋の運動会――親子リレー)」を書いていて思い出した。
前回書いたとおり、町では幼稚園から小中学校の敷地が近接していて、園庭が手狭な幼稚園の運動会は小学校の校庭を借りて行われていた。
二三四(わたし)が年少の「もも組」だった年の運動会。年少クラスができたばかりの年で、もも組しかない「年少組かけっこ」に二三四ももちろん出場した。年長クラスも含めて全員が紅白に分かれており、白組の二三四は白い鉢巻きを締めていた。
スターター係の先生がピストルを頭上に上げて大きな声で言う。
「位置について。よーい」
ドキドキ鳴る心臓。
「パン!」
ピストル音が響き、二三四は一生懸命走った。が、当時の二三四はそれほど足が速くなかった。ほかのお友だちはだんだん前に行ってしまう。応援席で両親(ミヨ子と二夫)や兄の和明が声援を送っているのがちらっと見えたが、これ以上速く走れない。
でも、わたしより遅いお友だちが一人いる。ビリは免れそうだ。最後の直線、ゴールが見えてきた。あと少し。
と気を抜いたのか、転んでしまった。ゴールのほんの手前で「わたしより遅いお友だち」に抜かれ、ビリになってしまったのだ。
「あーあ」と大きく叫ぶ兄ちゃんの声が聞こえたようだった。
幼稚園の運動会のお手伝いに来てくれていた小学生のお姉さんが、走り終わった園児たちを順位別の列に連れていく。6人ずつ走ったので、「6」の旗が立った列の最後に並んで座った。ビリだったという現実を確認する。ただ、ビリで恥ずかしかったというより、転んで倒れた拍子に打った胸がひどく痛かったことのほうを覚えている。
運動会が終わってうちに帰ったら、兄ちゃんが怒っていた。
「オレの妹がビリっけつなんて、恥ずかしい!」
屈辱を感じていたのは、二三四より和明のほうだった。