つぶやき 防災週間(後編)

前編より続く)
 草を摘んでいる彼女は、南米の人のように見えた。もちろん、世界の人種をつぶさに見分けられるわけではないのだが、欧米系ではなくアジア系でもない。最近このあたりのビル清掃などでもときどき見かける、腰回りがゆたかで、浅黒く、目が大きく、髪は黒い(そしてたいてい長い)人たちとよく似ていた。彼女は、赤地に模様の入ったゆったりしたワンピース風の服を着ていた。そんな服装も、日本人はもちろんアジア人にもあまり見かけないように思えた。

 彼女はせっせと、その雑草――としか、わたしやたぶん一般の日本人には思えない――の若芽やその周辺の葉っぱを摘み取っては袋に入れていた。食べられそうな柔らかい部分ということなのだろう。もう長いことそうしているらしく、大きめのレジ袋はパンパンになっていたが、まだ詰め込めると踏んでいるのだろう、手を休めることはなかった。

 通り過ぎつつ、そしてそのあとも、あの草はなんだろう? と考えた。バジル? いや違う、あんな形態ではない。しかし、たいていのハーブは野草というかもともと「そのへん」に自生していたものだから、ニッポンの住宅跡の更地に生えている草が食べられるものだとしても不思議ではない。

 そしてわたしは、その少し前に見た保育所と対比して考えた。

 あの女性(とその家族や、同じ国から来た友人たち)は、天災に見舞われたとしても、「あそこに〇〇〇が生えているから取りにいこう」という判断ができるのだなぁ。一方で、同じ土地に何代も、何十年も住んでいる日本人たちは、身近な草のどれなら食べられるのかを知らない。災害に遭ったら、用意した長期保存の食品を少しずつ食べるか、政府や自治体からの支援、救援をじっと待つしかない。

 彼女たちは、被災地でも自分で火を起こして煮炊きを始めるだろう。倒れた家屋から廃材をひっぺがすくらいはしそうだ。一方日本人たちは「ここでは火を焚いてはいけない」「この水は飲用ではない」「廃材は勝手に持って行ってはいけない」などの議論の挙句、何もしないだろう。わたしは、いざとなったらマンションのベランダで煮炊きしたいと思っているクチだが、ベランダには塩ビの長尺シートなるものが張られている。どこで火を焚こうか。

 防災の日前後、情報番組などで「こんな便利な防災グッズがあります」「これはプライバシーに配慮した防災用品です」「保存食品もこんなにおいしいものがあります」「甘いものもあったほうがいいですね」などなど、専門家も加わっていろいろな「情報」が提供されている。けっこうなことだと思う。

 でも、火を起こし、使えること。身近なところで、どんなものが食べられて、何が代用できるか、知っていて応用できること。激甚災害時には、そっちのほうがよほど重要だと思うがなぁ。その点、このnoteに書き綴っている昭和の前半くらいまでの人々は、生き抜く力があっただろう。

 外国人居住者が増えつつある日本。大きな災害のとき生き残った人のほとんどは外国人、ということになるかもしれない。まあそれはそれで、ニッポンの新しいかたちではある。

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