文字を持たなかった昭和 帰省余話11~温泉その二

 昭和中期の鹿児島の農村を舞台に、昭和5(1930)年生まれのミヨ子さん(母)の来し方を中心に、庶民の暮らしぶりを綴ってきた。

 このことろは、そのミヨ子さんに会うべく先ごろ帰省した折りのできごとなどを「帰省余話」として書いている。ミヨ子さんの夫・二夫さん(つぎお。父)の十三回忌のあとには、ミヨ子さんを温泉に連れて行った。地元の宿泊施設に泊まり、温泉センターの家族湯でゆっくり温泉を楽しんでもらおうと、用意周到で臨んだ――つもりだったのだが。

 数年前郷里にオープンしたグランピング施設「吹上浜フィールドホテル」のチェックインは午後3時。それを見計らって到着したつもりが、新型コロナで打撃を受けた地方経済を活性化させるための「全国旅行支援」第四弾が再開されたためか、日曜日なのにチェックイン客が多数いたうえ、どのお客も「旅行支援」の適用手続きに時間がかかっていた。さらにわたしの場合、クレジットカードがなかなか読み込めず、チェックインが終わったときは4時近くになっていた。

 ミヨ子さんを部屋で休ませてあげたかったが、ホテルで借りた車椅子に座らせたままロビーで待たせておいて、あわただしくホテルの隣にある温泉施設「市来ふれあい温泉センター」へ向かう。ここの家族湯は予約ができないため、受付順に待つしかないのだ。それでも、手摺がついた「介護湯」のほうは多少融通してもらえることまでは調べてあった。

 館内の廊下で、母親らしい年配者を乗せた車椅子を推す初老の男性とすれ違う。ああ、車椅子で来る人もいるんだな、とちらっと思う。介護湯の部屋の札は「空き」になっているのを確認してほっとしつつ。

 受付で介護湯を申し込むと「たったいま、利用が始まりました」と衝撃のお答え。
「そのあとの利用を予約できますか」
「できますけど…いま入った方が2時間申し込んでいるので、掃除などを考えると、利用できるのは6時半くらいになりますよ」と、追加の衝撃が。

 んーーーと考えて、とりあえず6時半で予約を入れてもらうが、いましがたホテルの夕食を6時開始で申し込んだばかり。夕食時間はずらせるだろうが、部屋でぼーっとするのももったいないし、ふだん6時くらいに夕食をとっているらしいミヨ子さんの食事時間を大幅に遅らせるのもよくないだろう。空腹で温泉に連れていくのも負担になりそうだ。

「そんなに混んでるんですか…」と力なくつぶやくと
「日曜日ですからね。家族湯はとくに夜まで混んでます」との駄目押しをいただいた。温泉センターには事前に何回も問合せたが、曜日ごとの込み具合まで考えが及ばなかった。

 そう言えば、わたしが介護湯の前を通ったとき表示はまだ「空き」のままだったけど、すれ違った車椅子の親子が、2時間利用で入るところだったのね。「ホテル宿泊者なら、家族湯の利用を電話でも受け付ける。ただしチェックイン後に」とも言われてはいた。どうせなら直接受付に行ったほうが早い、と考えたのがまずかった。

 さて、どうする?


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