文字を持たなかった昭和 帰省余話(2024秋 30) 施設での面会② 横になりたい…
(「施設での面会①」より続く)
介護施設で面会していて当惑するのは、途中でミヨ子さん(母)がよくトイレに行きたくなることだ。「トイレに行きたい」とミヨ子さんが言いだすと、個室のドアを開けて職員さんを呼ぶ。職員さんはいやな顔ひとつ見せず、やりかけの仕事を中断して車椅子ごと預かり、トイレに連れて行ってくれる。
トイレに行っている間は「小かな、もしや大のほうだろうか」「オムツを汚して交換に手間取っていないだろうか」などいろいろ考えてしまう。一度は下半身のほうからそこはかとなく匂いが上ってきた。その時は案の定大きいほうだったようだが、職員さんは何事もなかったように車椅子を推して戻ってきて、「大きい方でしたか」と聞くわたしに「ええ」と答えただけで、「お話を続けてください」と穏やかに言いドアを閉めて行った。
30分程度しかない面会時間中、たまたまなのかふだんからなのか、ミヨ子さんはよくトイレに行った。もともとトイレが近いほうだったから――お年寄りは往々にしてそうだ。特に女性は――、ふだんからそうなのかもしれない。職員さんには頭が上がらない。
トイレよりもっと困惑するのは体調だ。面会のときミヨ子さんは車椅子に腰掛けた状態なのだが、話しているうちに「腰が痛い。横になりたい」と言い出すことが多かった。
小柄な体で長年農作業に従事してきたミヨ子さんは腰が曲がっているうえ、背骨も湾曲している。いつ発生したのかもわからない圧迫骨折のためらしい。座ったままで同じ姿勢を維持するのはけっこう大変なのだ。息子のカズアキさん(兄)と同居していた10年ほどの後半は、昼間でもベッドで横になっていることが多かった。
面会の途中で最初に横になりたがったとき、わたしはがんばって車椅子からベッドに移してあげて、寝た状態でお話をした。面会を終えて退室するとき職員さんに
「横になりたいと言ったので寝かせてあります」
と申し出た。職員さんはこのときは
「昼間寝ちゃうと夜寝ないで歩き回ったりするから、寝かせないでください」
とハッキリ言い、ミヨ子さんを起こしにきた。ごろんとして気持ちよさそうだったミヨ子さんは、再び車椅子に座らされた。
施設にいることのメリットとデメリット、ということをわたしはつい考えてしまった。極端な言い方をすれば、栄養や衛生ケアと引き換えに、自由を失うということでもある。これについてはいつか整理してみたいと思う。
ともあれ、ルールでは30分程度の面会だが、遠方から足を運んでいるという理由で多めに見てくれているのか、わたしは毎回小一時間いさせてもらった。そういう意味でこの施設の「緩い」対応はありがたかった。