文字を持たなかった昭和 番外 猫まんま(後編)

前編より続く)
 二つ年上の由美子ちゃんが、ほぐした魚の身をご飯といっしょにお母さんから口に運んでもらう姿を、幼かったわたしが強烈に覚えているのは、わたしが煮魚などを「猫まんま」にして食べたことがあまりなかったせいだと思う。

 離乳食はいざ知らず、ある程度大人と同じものを食べるようになってからは、ご飯はご飯、おかずはおかずと分けて食べさせられていた。ご飯におかずを載せるまではいいとして、それらを混ぜて食べるのはお行儀がよくないという雰囲気が、わが家にはあった。

 その影響かわたしは長じてからもめったに「猫まんま」をしないのだが、数(十?)年ぶりに食べた猫まんまが、こんな光景を連れてくるとは思いもしなかった。

 そして、この光景と鹿児島弁の「ぶ」という単語はいっしょに甦った。

 それにしても、なぜ魚が「ぶ」? 愛用の「鹿児島弁ネット辞典」にもは「ぶ」の項があり、幼児語という註つきで「魚」とある。が、由来までは述べていない。

 わたしが思うに、「ぶ」は鮮魚を意味する鹿児島弁「ぶえん」から来ているはずだ。「ぶえん」とは「無塩」つまり、保存のための塩を振っていない新鮮な魚のことだ。流通や保存の手段が未発達の時代、海から少し離れているだけでも、魚は塩漬けにしたり干したりしなければ保存できなかった。売っている魚も、港から極めて近い場所でない限り新鮮ではなかった。だから新鮮な魚のことは、「塩をしてないですよ」という意味をこめて「無塩」と呼んだのだろう。

 そして幼児に語るときは、魚全般を「ぶ」と呼ぶようになったのではないか。だからさきほどのお母さんの呼びかけは、少し古い標準語に直せば「おととだよ、お食べ」のような感じだったはずだ。「ぶ」は、幼児にとって発音しやすいとされる両唇音(ば行、ま行、ぱ行など)でもある。

 「ぶ」を思い出したら、ミヨ子さん(母)の口調も連なってきた。
「今夜は 何い(ない)すろかい。ぶ にすろかいね」(今夜のおかずは何にしようかしら。魚にしようかしらね)
「ぶが 安し(やし)かったで こてきた」(魚が安かったから 買ってきた)
等など。そう言えば、ミヨ子さんは魚についてちょっとおどけて話すときは「ぶ」と言っていた。

 青魚にアレルギーがあるミヨ子さん(母)にとって、魚料理は得意ではなかったはずだが、魚は特別なごちそうだったし、祖父も父も喜んだ。自分がほとんど食べない魚を、どんな気持ちで買って料理していたのかと、猫まんまを前にふと考えた。

《参考》
【公式】鹿児島弁ネット辞典(鹿児島弁辞典)>ぶ
【公式】鹿児島弁ネット辞典(鹿児島弁辞典) >ぶえん

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