文字を持たなかった昭和 帰省余話15~ディナー
昭和中期の鹿児島の農村を舞台に、昭和5(1930)年生まれのミヨ子さん(母)の来し方を中心に、庶民の暮らしぶりを綴ってきた。
このところはそのミヨ子さんに会うべく先月帰省した折りのできごとなどの「帰省余話」を、直近では親孝行の真似事のつもりでミヨ子さんを温泉に連れて行ったときのことを書いてきた(温泉その一、二、三、四、おまけ)。
なんとか温泉も楽しんでもらえ(た、ということにし)て、お次はディナーだ。
温泉センター隣の「吹上浜フィールドフィールドホテル」に戻ったときにはすでに夕食時間の6時が目前、車椅子のミヨ子さんはそのままロビーで待ってもらうことにして、ホテルスタッフに「すぐ下りてきますから」と告げ、わたしは急いで客室に戻った。まだ髪も濡れてるし、タオルや着替えも持ったままだ。先に温泉から戻っていた連れにロビーでミヨ子さんと待っていてくれるよう頼んで、超速で髪を乾かし、ロビーにとんぼ返りする。
やれやれ、やっと夕食である。
ホテルの宿泊はいわゆる「素泊まり」も可能なのだが、温泉のあとはやはり館内でゆっくり晩ご飯をとりたかったので、2食つきのプランを予約しておいた。夕食の基本プランはお肉系と海鮮系の2種類、何回か触れているとおりミヨ子さんは魚が苦手なので――鯛などごく一部の白身魚は食べる――ミヨ子さんにはお肉系、あとの二人は海鮮系を選んである。
飲み物はドリンクバーでのセルフサービスなのだが、なんとお酒も飲み放題、お酒好きのわたしには天国だ。もちろん自分のお酒の前に、ミヨ子さんにもワインを注いできてあげる。メインがお肉だから赤にする。もっとも本人は、出されたものをいただくだけではある。それぞれグラスを挙げて、まずは乾杯。
お料理は彩り豊かな前菜から始まった。中にブリがあったのでうっかりミヨ子さんに
「これはブリだよ」と言ってしまったあと
「でも食べてみたら?」と勧めたのだが、
「あんた食べなさい」とやんわり拒否された。
前菜には魚のアラ炊き風のものもある。今度は黙って見ていたら、なんとミヨ子さんは食べてしまった。骨をしっかり出していたので魚だと気付いたはずだが???
次は鯛のカルパッチョ風サラダが出された。ミヨ子さんは鯛であっても刺身は食べないはずだが、「サラダだよ」とだけ言って様子を見ていたら、やはり嫌な顔をせずちゃんと食べている。ふーむ。「魚は食べない」の基準はなんだろう? お義姉(ねえ)さんは
「いちいち言わなければ気づかないで食べるよー」
とは言っていたが。
続いてパイ生地を被せて焼いた熱々のオニオングラタンスープ、そしてメイン。お肉系は地元産のおいしいお肉を使ったハンバーグ、海鮮系は大エビと白身魚のソテーである。メインには主食代わりのバケットが添えてあるが、バケットなしでもお腹いっぱいになる量だ。最後に旬のフルーツを、ドリンクバーで淹れた温かい飲み物でいただいて、ディナーを締めくくった。
もちろんわたしと連れは、お酒のお代わりも何回か(も)した。ドリンクバーのお酒には、地元の焼酎6銘柄も含まれていて、お湯割り、水割り、オンザロック、ハイボールなど好きな飲み方ができる。残念ながらわたしは――よく「鹿児島出身なのに」という反応をされるが――焼酎はあまり得意ではないので試さなかったが、焼酎好きにはたまらない趣向だろう。
食って飲んで満足し、再び車椅子を推して客室に戻った。これから「部屋飲み」という名の二次会の予定だが、ミヨ子さんには休んでもらうことにしよう。
「疲れたでしょう。ちょっと横になったら*」
と促す。昼間買ってあったお酒などを出している間に、ミヨ子さんの寝息、というか鼾が聞こえてきた。
そう言えば、昼間の法事に続いて、実家跡に行き、ホテルに入り、温泉に浸かり……とひと休みしてもらうヒマもなかった。ふだんは昼寝が必須らしいから、さぞや疲れただろう。照明を落して小さな声で「乾杯」したのだった。
*鹿児島弁「だれたどが? いっとっ よっころっびゃんせ。」