文字を持たなかった昭和 六十九(代掻き)
寄り道が続いた。「田起こし」の続きとくれば「代掻き」だろう。土を起こしたあとの田んぼに水を張り、泥のような状態に整えていく。
と書くのは簡単だが、代掻きに進む前には田んぼの畦を固めたり、田の脇を流れる用水路から水を引いたりと、やらなければならないことは多く、その加減も難しい――はずだ。子供のわたしがその複雑なプロセスを手伝わされることはなく、それぞれの難度について知るよしもなかった。
マニュアルも手引書のようなものもない農作業で――少なくともわたしはそんなものを家の中で見たことはない――、ミヨ子たちは何を頼りに、季節を先読みしてやるべきことを決めて進めていたのだろう。
子供の目に農業という仕事は、年ごと、季節ごとに同じことが繰り返される単純な作業のように映っていた。それに、わたし自身農作業や家事をよく手伝うほうで――というより、家の仕事は家族全員が分担するものだという当然の了解があった――、作業の内容も大変さもよく知っているつもりでいた。
だが、すでに曖昧になった記憶をインターネットの情報で補強しつつ、文章で再現しようと試みて初めて、家業だった農業の複雑さを実感している。自然相手の仕事に向き合いつつ、家事や育児もこなしたミヨ子の偉大さに気づかなかった自分の至らなさも。
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