文字を持たなかった昭和 百九十三(町民運動会、もうひとつ余話)

 昭和の後半、鹿児島の小さな町の運動会父二夫(つぎお)の様子について書いていて思い出した。

 応援席は地区別に割り振られていたので、ご近所さんや近くに住む親戚は、固まって席を取っていた。毎年いっしょに座ってお弁当を食べる一家のひとつに、母ミヨ子の下の弟・公徳おじさん一家がいた。おじさんの家は同じ集落にある母の実家――つまりわたしの母方の祖父母の家――と同じ敷地にあったこともあり、お互いよく行き来していた。

 おじさん家には、わたしよりひとつ下のヨシアキ、ヨシアキの三っつ下のマリちゃんがいた。子供の頃のマリちゃんとわたしはよく似ていて、「やっぱりいとこだね」「姉妹みたい」と言われていた。だから、マリちゃんを妹みたいに思ってかわいがっていたはずなのに。

 ある年の町民運動会。わたしは小学校の低学年だったと思う。自分の出番を終わって家族や近所の人が固まっている応援席に戻ったら、わたしの父親がマリちゃんを、胡坐をかいた膝に乗せて抱っこしていた。父もマリちゃんもニコニコしながら競技を見ていた。もしかしたらおじさんの出番だったのかもしれない。

――わたしはめったに抱っこなんかしてくれないのに。

 悲しくなったが、お姉さんなのにやきもちを焼いているようで恥ずかしい気がして、その場では黙っていた。うちに帰ってから晩ご飯のときに泣いた。戸惑う父親に、しゃくりあげながら
「運動会でマリちゃんを抱いてた」
と訴えた。

 そのあと父がどうしたか、家族がどう反応したか覚えていない。楽しいことが多かった町民運動会の、唯一ほろ苦い思い出である。

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