文字を持たなかった昭和 百五十(BCG接種の跡)
夏服を着る季節。
小さかった二三四が、自分の左肩にある注射の跡について母ミヨ子に尋ねたことがある。あとになって「結核予防のためのBCG接種の跡」と知った、ぷくっと膨れた部分である。
近所の幼馴染や幼稚園の友だちのそれは、夏服の袖から見えるぐらいのところにあることがほとんどなのに、二三四のは肩に限りなく近い、ずいぶん高い位置にあったのだ。
「わたしはなんでこんなところに注射をしたの?」
ミヨ子はにこっと笑って答えた。
「女の子だから、夏に半袖を着るときに、大きな注射の跡が見えたらかわいそうだものね。注射を打つとき、あんたが着ていた服の袖をうんとまくって、お医者さんに『できるだけ上に打ってください』ってお願いしたんだよ」
たしかに、普通の半袖を着ていれば注射跡は見えず、ノースリーブのブラウスやワンピースでなければ気づかれないほど上にあった。しかも注射跡は、二三四が成長するほどに周りの皮膚と見分けがつなかくなっていった。
女の子だから――。
ミヨ子たち夫婦は、二三四に度々かわいい服や女の子らしいものを買い々与えたわけではなく、そもそもそんなことができるほどの経済的な余裕もなかった。手元に多少の余裕があるときでも、跡継ぎではない女の子にふだんと違うものを買い与えることに、夫の二夫(つぎお)はともかく、舅や姑の理解を得るのは簡単ではなかった。
ミヨ子は自分の考えが及ぶ限り、二三四の身体に傷だけはつけないよう気をつけて育てた。