ミヨ子さん語録 「ショウガは寒がり」
昭和中~後期の鹿児島の農村で昭和5(1930)年に生まれたミヨ子さん(母)の来し方を中心に、庶民の暮らしぶりを綴ってきた(その後ミヨ子さんにとっての舅・吉太郎の来し方に移ったが、最近は介護施設に入所したあとのミヨ子さんの近況のほか、たんなるつぶやきを行ったり来たりしている)。
たまに、ミヨ子さんの口癖や、折に触れて思い出す印象的な口ぶり、表現を「ミヨ子さん語録」として書き残しているが〈300〉、正月料理用に買ったショウガ(生姜)の残りを見つけて「そうだこれもだった」と思い出した。
インターネット上の野菜の保存方法などを紹介する記事にも、ショウガは低温が苦手なので冷蔵庫に保存しないほうがいい、とよく書いてある。ミヨ子さんもまさに同じ趣旨で、タイトルの「ショウガは寒がり」を使っていた。
と言っても鹿児島弁なので、ミヨ子さんの口真似をするなら「ショガは寒(さ)んせしごろじゃっで」となる。「ショガ」は鹿児島弁お得意の短縮形、その次は動詞の「寒(さ)んせすっ」、つまり「寒がる」の連体活用形、次の「ごろ」は、あまり素行のよくない人につける蔑称のようなもので、標準語だと「~野郎」という感じだろうか。
最後の「じゃっで」は「~だから」なのだが、会話はたいてい「ショウガは寒がりだから(冷蔵庫には入れないでおこうね)」のように文脈の中で語られるものなので、「ショウガは寒がり」と断定して終わったことはないのだった。
農家の現役主婦だった頃のミヨ子さんも、大量に獲れたショウガを保存したり、使いかけをしまったりするときに、「ショウガは寒がりだから、~~しておこう」あるいは「~~しておかないとね」「~~するように覚えておきなさいよ」と語ったのだと思う。
その一言はよく覚えているのだが、専業農家だったわが家では季節になればショウガもある程度まとめて植えていて時期がくれば大量に収穫したはずなのに、実際にミヨ子さんがショウガをどう保存していたのか、わたしはあまり思い出せない。
覚えているのは、まだ食品用ラップなどもなかった頃の台所の棚などにショウガがそのまま転がっていた光景だ。ショウガが必要なときはそれをちょっと切って使っていた。そのまま摺り下ろすこともあったので、おろし金の傷がついたショウガが転がっていることもあった。もう冷蔵庫はあったから、たしかに冷蔵庫にはしまっていなかったのだろうと思う。ある程度の量を新聞紙にくるんで比較的暗い場所に置いてあった気もするが、はっきりしない。
それにしても「ショウガは寒がり」だということを、ミヨ子さんはいつ覚えたのだろう。子供の頃に母親や周囲の女性が話すのを聞いたのか、長じて自分で植えたり料理したりするうちに自然に学んだのか、近所の主婦友達から教わったのか。
その言い方だけでなく対処方法まで、娘のわたしもしっかり習っておくべきだった。もうミヨ子さんとは「昔よくこんな言い方をしていたよね」という会話はできない。一度投げかけて、どんな反応をするか見てみたい気もするが、突然そんな話題を振られても困惑するだろう。
せめて語録として留めておくことにしよう。
〈300〉過去の語録には「芋でも何でも」、「ひえ」、「ちんた」、「銭じゃっど」、「空(から)飲み」、「汚れは噛み殺したりしない」、「ぎゅっ、ぎゅっ」、「上見て暮らすな、下見て暮らせ」、「換えぢょか」、「ひのこ」、「自由にし慣れているから」、「うはがまんめし、こなべんしゅい」、「白河夜船」、「ほめっ」、「きっそわろ」、「ノブちゃんはよかいやっどねぇ」、「カバ」、「にか」がある。