文字を持たなかった昭和331 梅干し(3)梅の実

 昭和中期の鹿児島の農村を舞台に、昭和5(1930)年生まれのミヨ子(母)の来し方を中心に、庶民の暮らしぶりを綴っている。

 このところは保存食品として手作りしていた梅干しを取り上げることにして、庭の梅の木から梅の実を落として拾うところまで書いた。

 落してザルに集めた梅の実はきれいに洗う。水道を引く前は、土間造りの台所にある井戸から汲み上げた水を使った〈157〉。水道を引いてからは〈158〉、庭の一角に野菜や農機具などの洗い場を設けたので、そこに金盥などを置いて洗った。

 梅の実はさまざまだ。収穫に何回も手間をかけていられないので、梅を落とした日の状態によって熟し気味の梅もあれば、まだ硬い青い実もある。熟し気味の梅が多い年、ミヨ子は
「柔らかく漬かるから扱いに気をつけないと」
と言い、硬い実が多い年には
「今年の梅(干しの仕上がり)は小ぶりになるねぇ」
と呟いた。

 梅の実の表情もいろいろだ。もとより売り物ではないので色のつき具合にムラがあるのは当然として、傷のあるもの、ゴマのような赤い斑点がついたものもある。傷がついたものは除いたが――後に梅ジャムの材料に充てられることもあった――、それ以外の梅の実はすべて「梅干しコース」に乗せられた。

 青い梅はともかく、少し熟した黄色い梅はうっすらピンクがかった部分もあってきれいだし、なにより香りがいい。果物のように食べたくなる。
「梅も熟せばそのまま食べられるのかな?」
二三四(わたし)が聞くと、姑のハル(祖母)が即座に遮った。
「生梅は毒があるから食べたらいかん!」
その教えというか知恵、いま風に言えば経験値は絶対で、地域の大人の誰に聞いても「生で食べたらだめ」と強く言われたものだ。

 改めて調べると、未熟な梅の実には青酸配糖体と呼ばれる天然の毒素が微量だが含まれるらしい(青酸カリの「青酸」だ)。一度に相当量食べなければ人体に影響が及ぶことはないが、食べないに越したことはない。特に種の部分の含有量は多い。逆に完熟するとこの物質は消滅するそうで、完熟梅なら生で食べても問題ない。ただし熟しているから甘いわけではない。

 一度でいいから、庭の梅の木から穫れた完熟梅を味わってみたかった。

〈157〉ミヨ子が嫁いだ頃の台所の様子については「八十二(台所)」で述べた。
〈158〉水道と言っても町(ちょう。自治体)が敷設し料金を徴収する上水道ではなく、集落の共同井戸に電動ポンプをつけ、そこから引いたパイプを通して水の供給を受けるものだった。これは昭和40年代半ばに設けられたと記憶するが、その後のずいぶん長い間何軒もの家がこの水道を利用していた。

《主な参考》
完熟梅はそのまま生で食べれる?毒性がある食べられない梅の見分け方も紹介! | ちそう (chisou-media.jp) 

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