最近のミヨ子さん 体を動かす、その二
鹿児島の農村で昭和5(1930)年に生まれたミヨ子さん(母)の来し方を中心に、庶民の暮らしぶりを綴ったあと、明治生まれのミヨ子さんの舅・吉太郎さん(祖父)の物語に移った。
合間にミヨ子さんの近況をメモ代わりに書いている。ミヨ子さんが息子のカズアキさん(兄)一家との同居を経て、今年の6月末介護施設に入所してからは、カズアキさんたちから送られてくる動画や写真が、ミヨ子さんの近況を知るほぼ唯一の手立てに変わった。
最近では、スポーツの日の前後カズアキさんが面会に行き、車椅子のミヨ子さんが軽い運動を指導される動画が送ってきた(最近のミヨ子さん 体を動かす)。
それからしばらくして、今度はお嫁さん(義姉)から短い動画が送られてきた。
ミヨ子さんは入所先のグループホームの食堂の、ダイニングテーブルの一角にいる。テーブルには他の入所者らしい人影もある。ミヨ子さんの後ろはキッチンのようで、カウンターに並べた食器にスタッフが料理を盛り付けている様子も見える。お昼ごはん前なのだろうか。
ミヨ子さんの視線の先、画面の左側には別のスタッフがいるようで、(たぶん)そちらの方向から声が聞こえる。
「はい、あっかん、べー。あっかん、べー」
どうやら口の周りや中の筋肉の衰えを防ぐ体操をしているらしい。指導しているスタッフが、入所者たちを向いて真剣に「あっかんべー」と舌を思いきり出したりしている雰囲気が、スマホの画面越しにご伝わってくる。
一方ミヨ子さんは「あっかん、べー」に調子を合わせるように顔を揺らしはするものの舌を出したりはしない。ミヨ子さんの表情からは、「恥ずかしい」という感情と「こんな子供じみたことを」という気持ちが読み取れる。少なくともわたしはそう感じる。
思えば、夫の二夫さん(つぎお。父)に先立たれたミヨ子さんが一人暮らしを続けるうち、だんだんと体力が衰え、デイサービスに行き始めた頃。帰省したわたしが、デイサービスで作業したと思しき塗り絵や折り紙などが部屋に飾られているのを見て、
「デイはどう? おもしろい?」と聞いたら
「……どう、って。幼稚園生のようなことをさせられるからねぇ」と、ミヨ子さんは渋い表情を見せた。体がなまらないようやむを得ず通ってはいるが、やりたくもないこともさせられる、という気分がありありだった。
その後、カズアキさんたちとの同居が始まり、それまでと違う町の違う通所施設に行き始めた頃も同じような反応だったが、同居先でできること――ちょっとした家事や留守番など――がだんだん減っていくのと反比例するように、デイサービスを「楽しみ」と言うようになった。
だからこのグループホームにもわりとすぐ馴染むかも、と思っていたのだが、さすがに「あっかんべー」は抵抗があるようだ。
動画が終わり、もうひとつの動画が始まる。次は「あいうえお、かきくけこ、……」と五十音をはっきり大きな声で言う運動のようだ。スタッフは俳優養成所のトレーニングみたいに、大きな声を上げている。ミヨ子さんはあまり口を開けず、小さな声でそれをなぞっている。
施設の人たちは、入所者さんたちの身体機能の衰えを少しでも予防しようと真剣なのだろう。ありがたいことである。
でもミヨ子さんはどう思っているのか。いやいややっているようには見えないが、喜んでいるようにも見えない。
そしてわたしは、30年後ぐらいの自分をミヨ子さんに置き換えてみる。同じような場面で、わたしは楽しく運動に取り組むだろうか。いまのわたしなら「ほっといてくれ」と言いそうだが、認知機能が低下したらどんな思考になるのか、想像はつかない。