怒らない方が楽なのに

「宿題をやったんですけど家に忘れました」

 とうつむきながら担任に伝える田中秀太、小学4年生。その子の頭皮を見ながら、担任の俺はこれは嘘だなと思いながら

「そうか。そしたら明日持って来いよ。」

 と伝える。怒るきにもならない。本来ならもっと怒る必要があるかもしれないが、先日のニュースで担任が指導の一環で大声で怒鳴りつけた様子の一部始終が生徒の盗撮によりSNSに拡散され、「怒りすぎだ、生徒が萎縮してしてしまう。だとか、中にはこれで自殺してしまったら責任とれるのか」といって大炎上していた。そしてネット民の特定班とか言う奴らに、学校を探し出され、怒っていた担任の個人情報まで見つけ出し世界中にさらされてしまった。学校側はその先生の事をろくに守らず、その人に全ての責任を押し付け仕事を辞めさせたというのだ。もちろん表面上は自分で辞めたことになっているが、知り合いの知り合いの先生曰く、辞めされられたらしい。これを聞いた時こんな馬鹿げた話はあるかと怒りが沸いたが、同時に仕事に対してやる気も無くなった。

 誰も怒りたくて怒る人なんていないんだ。この先生は生徒のためを思って愛のある説教をしたら事の顛末が職を失う。ネット民達の正義という暴力により一人の人生がくるってしまったのだ。果たしてそれは本当の正義なのか。そんな世の中の動きと、そのニュースがあってから以前から生意気だった生徒達がさらに生意気になった。こちらが怒ろうとする雰囲気を察知するとすぐに

「虐待だ、言葉の暴力だ」

と言葉の上っ面だけを救いこちらに投げかけてくる。お前等の方が言葉の暴力だよ。とか思うがぐっと押し込め、笑顔をふりまき良い先生だと演技をする。そっちの方が生徒からの評判も良いし、この子達がこのままクソ生意気に育って、どんな人生を送ろうが、俺の人生になんのか関係もないのだから。そう思うとグッと仕事は楽になったと同時に心がポカンとあいた気がする。でも本心なんか出してしまえば、直ぐにニュースに取り上げられた先生みたいになるだろう。

 だけどそんな生徒の中、また救いようがある生徒ももちろんいる。救いようというか、分岐点に立っている生徒。今目の前で申し訳なさそうにしている田中がそうだ。中にはなんの悪びれもなく「忘れましたー」とニヤニヤしながら言ってくる連中もいる中で、反省の色が少し見えるから。まあ、やったけど忘れましたなんて言うのは嘘なんだけども。だいたい宿題をしっかりやってきた奴はちゃんともってくる。やったけど家に忘れましたなんてことは、9割9分ありえないのだ。なぜそう言い切れるかというと、自分も学生時代同じように嘘をついていたから。

 そーいえばとふと思い出す。今目の前にいる田中のように、自分も同じような嘘をついて担任の東田先生に報告した時にめちゃくちゃ怒られたのを。

「お前はそーやって平気で嘘を付く男になるのか。
先生はお前が宿題をやってこようが、こないが正直どうでもいいが、簡単に嘘をついて、この先苦労するのはお前だぞ」と鬼の形相で怒られたのを思い出す。あれは怖かった。でもその説教のおかげで、これは駄目な事なんだと思うことができた。そして宿題もしっかりやるようになり、平気で付いていた小さな嘘もつかなくなっていった。そして俺は今、あの時怒ってくれた東田先生と同じように先生という職業になれた。そして今その時と全く同じ状況に今度は先生側で立っている。

 適当に流す方が楽だ。もしここで怒って誰かが同じように盗撮でもされたら、下手したらあの先生と同じ道を辿る。だから適当に流す方が絶対に良い。絶対に、関係ないのだから。こいつらがどうなろうと。関係ない?そんなわけないだろ。俺は何のために先生になったんだ。東田先生は決して逃げなかった。いつ何時だって。

「クソ、ダサいな俺」と声に出して言った。

その言葉に席に戻ろうとした田中が反応して顔をこっちを見る。その顔を見て決心する。今ここが彼のターニングポイントなのだと。怒るスイッチを入れた。

「おい、田中」
久しぶりに怒気を込めた声を放ったんで、クラスが一瞬ピリつく。奥で加藤、山本がニヤニヤしながらこっちを見ている。それを無視して俺はあの時の東田先生と同じように田中に言葉を投げかけようと思ったが、その前に一度確認はする。もし本当に忘れただけかもしれないから。一度やっていれば、すぐに答えられるだろう質問を田中にするがやはり答えられなかった。嘘確定。

 「嘘だけはつくな。そして宿題が面倒くさいのもわかる。だけどな、小さな事の積み重ねが君の力になるんだ。だからしっかりやってこい」

とまぁまぁ声を荒げて、田中に伝えると、少し泣きそうではあるが、伝わった感じがする。これで一件落着と考えたが、
「おい、加藤、山本」と2人の問題を呼ぶ。
「え、先生怒るんですか。虐待ですね」とニヤニヤしながら加藤は言う。
その言葉に怒る演技ではなく、本当にキレそうなのをグッと押し込めて2人の頭をグッと捕まえて目線を合わせ声を荒げる。

「お前らがやっている事はダサい大人がやる事と同じだ」

言葉で怒鳴ったこともなく、ほとんど手も出したことがないため、加藤も山本も顔が引き攣り、先程までの余裕は無くなっていた

「いいか。宿題をやるか。やらないかなんか大きな問題じゃない。だけどな。物事の本質をしっかり見抜ける大人になれ」

返事をしない両者。びびってできないと言う表現の方が正しいのかもしれない。そんな2人を見て、あんなクソ生意気に見えたのに、ただの可愛い小学4年生にしか見えなかった。俺はグッと掴んでいた手を離し、2人の頭を撫でて言葉を続ける。

「今はまだ分からないかもしれないけれど、お前ら2人は、これからかっこいい大人になれるんだから。お前らが思うかっこいい大人は、人の事を舐めてバカにする大人がかっこいい?」

その問いに2人は首をふる。

「ちゃんと分かってるじゃないか。やる時はやる。そして物事の本質を見抜ける人間になっていこう。どっちが正しいか分からなくなったら先生に遠慮なく聞きなさい。そのために先生はいるのだから」

 と言って今にも泣きそうな2人を解放する。多分響いているはずだ。そう信じたい。後半自分でも何を言ってるか分からなくなったが。でもまぁ久しぶりに先生らしい事を言えたなと思いながら静まった教室をの中、切り替えて
「さぁ、授業するぞ」と言い教室を見渡し何となく視線を感じた窓際を見てみると、教頭先生がこちらをニヤニヤしながら見ていた。そして口パクで 

「誰が言ってるんだ」

と伝えてきた。俺はそれに笑顔で会釈を返した。

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