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【AI小説断章】パーソナルアシスタント

夕方、薄暗い部屋に、微かに冷えた空気が漂っている。瞬は机に向かい、教科書を開いているが、そのページはほとんど進んでいない。部屋の隅に置かれたスピーカーから、統合教育システムのパーソナルアシスタント「アリア」の機械的な声が響いた。

「瞬君、今日の授業進捗を確認しましょう。データによれば、あと15分の学習で目標達成率を5%向上させられます」

瞬は机に肘をついて、片手で顔を支えたまま天井を見つめている。タブレットの画面に浮かぶ自分の「評価スコア」が目に入るたびに、心がざわついた。

「……やらなくてもいいよ。どうせ、頑張ったって数字だけで決められるんだし」

彼の声は低く、抑えたトーンだった。アリアは一瞬間を置いて、滑らかに応じる。

「瞬君、そのように感じるのはなぜですか? 統合教育システムは、あなたの努力を正確に評価し、公平な基準で将来の可能性を広げることを目的としています」

「公平? 本当にそう思う?」

瞬は机の上に置いたタブレットを指で軽く叩いた。その画面には、クラス全員のスコアランキングが表示されている。瞬の名前は真ん中よりやや下――努力のわりに報われない位置だった。

「これが公平って言えるの? 俺がどれだけ頑張ったかなんて、システムには分からないくせに」

「あなたの努力は、データとして記録されています。試験の成績、課題の提出状況、授業への参加率……すべてが正確に反映されています」

「でも、それが俺の全部じゃない」

瞬は立ち上がり、窓の外を見た。暮れゆく空には鈍い赤が広がり、町は徐々に夜の静けさに包まれていく。遠くで救急車のサイレンが響き、街路灯がぼんやりと灯り始める。

「今日、学校で先生たちが言ってたよ。『統合教育システムは生徒一人ひとりを最適に評価する』って。でも……結局はスコアが高い人だけが得をするんだろ?」

「その認識は正確ではありません。統合教育システムは、全員に平等な機会を提供し、個別最適化された学習プランを提案しています」

「でもさ、俺たちがどんな気持ちで勉強してるかなんて、スコアには入ってない」

瞬の声には苛立ちが混じり、窓枠を握る手が少し震えていた。外の景色はいつもと変わらないはずなのに、その無機質さがどこか胸に刺さる。

「瞬君、その感情はあなたの主観です。統合教育システムは、客観的なデータに基づいて判断します。感情は一時的であり、長期的な目標達成には影響を及ぼしません」

「……感情なんて、一時的でいいじゃん」

瞬はぽつりと呟いた。言葉はかすかに震え、壁に吸い込まれるように消えていった。

アリアは答えなかった。ただ、スピーカーの光が淡く点滅しているだけだ。瞬は視線を落とし、机の引き出しをそっと開ける。中には、小さなメモ帳が入っていた。そこには彼が夜遅くにこっそり書いた詩やイラストが描かれている。

「こういうのも、スコアで評価できる?」

瞬はメモ帳を開き、無造作にページをめくりながらアリアに問いかけた。そこには、彼が海辺で見た夕日や、家族で過ごした夏の思い出が稚拙ながら丁寧に描かれていた。

「それは、統合教育システムの評価基準には含まれません」

アリアの答えはいつも通り淡々としていた。瞬はその言葉に肩を落とし、メモ帳を閉じた。

「結局、俺の全部は見えないんだよな……」

その言葉には、どこか諦めの響きがあった。瞬は再び窓の外を見た。遠くで揺れる街の灯りが、ぼやけた瞳の中で静かに瞬いている。

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