
カレーの不同沈下
カレーは嫌いな人がいないほど、日本では人気のある料理だ。
僕も多分に漏れず、子どもの時から50才になろうとする今に至るまで、カレーが好きだ。
人によっては異論もあるだろうが、僕は朝昼晩カレーでも、それほど不満はない。
カレーの本場はインド(とその周辺の国。以下同じ)であることは言うまでもないが、日本に昔からあるカレーというのは、似ても似つかないものだ。
昔、椎名誠の紀行エッセイで読んだが、インドではまさに朝昼晩の食事は全てカレーで、結婚式でもやはりカレーを食べていたそうだ。
しかし、辛さのほうは日本のカレーとは全く違っていて、椎名たちが辛口の日本式カレーを作って、スリランカ人(こちらは上記と別のエピソード)に食べさせたところ「おいしいけど甘い」と言われたらしい。
日本のカレーは、基本的にカレーライスだが、本場のカレーはご飯と一緒に食べるものもあれば、ナンと一緒に食べることもある。
ご飯の種類も違う。
日本のようなカレールーというものは、インドにはない。
上記の著書によると、たくさんのスパイスを使って、何時間もかけて作るものらしい。
カレーはインドからではなく、西洋を経由して伝わったらしいので、その過程と、日本で広まる過程で、似ても似つかないものになったと考えられる。
とはいえ、日本のカレーも変化してきており、昔、食堂などで提供されてきたようなカレーから、やや本場インドに寄ったものが主流になっているような気がする。
まず、辛い。
そして、昔のものより粘度?が低くて、より液体に近い。
具は昔のもののほうが大きく、ジャガイモとニンジンがゴロゴロ入っている。
最近のものは細かく刻んだものが入っている程度で、具があまり認識できない。
また、カツカレーなど独自の進化を遂げたと思われる種類もある。
カツカレーは今でも人気のメニューとして、どちらかというと昔からのカレーとして現存している感じだ。
coco壱番屋のカレーは、昔のカレーと、最近のカレーの中間に位置するものだと思われるが、辛さが選べるのが特徴的だ。
カツカレーも包括するシステムである「トッピング」もある。
このように例を挙げていくとキリがないので、この辺でやめておくのだけど、主なテーマは「昔のカレーと、今のカレーは違う」ということだ。
その違いは、辛いこと、スパイシーであること(辛いだけではなく奥が深いという意味で)、液状であることなどがあげられる。
僕はあまり自分で料理をしてこなかった人なのだけど、コロナが流行し始めた頃から、自分でもしてみるようになった。
先日は「カレーを作ってみよう」と思い、カレールーを買いに行ったのだが、売り場を目の前にして戸惑ってしまった。
果たしてこれらはどれぐらいの辛さなのだろうかと。
僕のカレールーのイメージは数十年前で止まっており、もしかすると上記のトレンドに合わせて、昔より辛いカレーが主流になっているかもしれない。
僕のイメージとは、バーモントカレーが甘く、ジャワカレーが辛いという単純なものだ。
要するに子どもの頃のイメージのままだ。
しかし、バーモントカレーやジャワカレー以外にも、いろいろな商品があるし、バーモントカレーやジャワカレーが昔の通りの辛さなのかもわからない。
ここまで書いてこなかったが、僕は辛いものがあまり得意ではなく、coco壱番屋の「とび辛」でない普通の辛さでも、ちょっと辛いと思ってしまうほどの、辛いもの弱者だ。
辛いものを食べると、ものすごく汗が出てしまうのだ。
最初にカレーが好きだと書いたが、それはあくまでもそんなに辛くないカレーの話だ。
ただ、バーモントカレー中辛の家で育った僕でも、それから社会人にもなって数十年、昔と比べるとカレー以外にもアジア系の、辛い料理も増えてきており、そういうものも一応食べたことがある。
今どき家庭用のカレーでいくら辛いと言ったところで、たかがしれているだろうとも思った。
迷った挙句エスビーゴールデンカレーの中辛を購入した(でも中辛)。
恐れいたようなことはなく、昔と同じような辛さだった。
つまり大して辛くはなかった。
そこで思ったのだけど、市場というのは均等には変化しないということだ。
建築では部分的に地盤が沈下することを不同沈下というが、カレーの辛さも飲食店と家庭用の商品では変化の速度が違う。
カレー屋における変化は、インドを旅行した人などが本場のカレーとの違いに驚き、本場のカレーを作りたいがために飲食店をはじめたというところからおこったと考えられる(100%推測だけど)。
いや、インドに行かなくても、いつのころからかインドの人がカレー屋を日本で始めるようになった。
厳密に言うと、彼らはインドではなくスリランカやネパールから来ているという話も聞くが、それなのにインドカレーと銘打っていたりするので把握するのは難しい。
それで日本人の嗜好も変わってきて、その変化に合わせているとも考えられる。
ところが、なぜか家庭のカレーはその変化から取り残されている。
もしかすると従来のカレールーという方式で、インド風の味は出せないという問題もあるかもしれない。
カレーが昔のものから変化したことは、イノベーションであると言ってもいいだろう。
次は家庭用と飲食店の味のギャップを生かして、家庭用の商品にイノベーションを起こすのは可能ではないかと思った。
また、こうした不同沈下とも言える変化を見つければ、何か他の分野でもイノベーションを起こせる可能性がないだろうか。
…すごい発見のように思ったが、書いてしまえば、たわいもない話だった。