あの日の高校生たち
妻の紹介で盛岡出身在住の歌人であり作家のくどうれいんさんが、オンライン会議のためにco-ba kamaishi marudaiを利用してくれたことがあった。
その時「わたしを空腹にしないほうがいい」と「うたうおばけ」を献本いただいた。
短歌とエッセイがセットになったような構成で、言葉と表現が独特で生き生きとしていて、今まで読んだことのない雰囲気の本だった。
自分とは違うジェネレーションの意識、考え方もリアルに感じることができる。
また、僕自身が高校生や大学生のころに、いわゆる文化系の人とは交流がなかったこともあり、文芸部で表現力を磨いたという逸話を読んで、そういう面でも新鮮に感じた。
どちらかというと「真面目」な感じのする文化系のマインドの中に、チラリと見えかくれする「毒」のようなもの。
それは「わたしを空腹にしないほうがいい」というタイトルにも垣間見える。
わたしを空腹にすると、どうなるのだろうか?噛みつかれる?とか思ってしまう。
そして文章の創造性、生き生きとした様子を見れば、早くから創作活動を行い、培ったものの大きさを感じる。
10代、20代のころは全く思わなかったが、40代(も今年で終わりだが…)になって初めて、学生時代、文化系のクラブ活動をやればよかったなと思うようになった。
そんなことを改めて、思い起こさせる本だった。
そのくどうれいんの最新本「氷柱(つらら)の声」は芥川賞候補となっていたからというわけでもないが、献本を読むばかりでは申し訳ないということもあり、購入して読んでみることにした。
東日本大震災をテーマにしたものだったとは、読み始めるまで知らなかった。
釜石大観音仲見世でゲストハウスあずま家を営む、若き女将はたぶん同年代だと思う。
被災地である大槌町出身の彼女を見ていて…あくまで僕がそう感じただけかもしれないが…震災からの復興を、自分の大きな使命のようには捉えていないのだなと、少し意外に思った。
地域の未来や、復興について考えていないことはないが、自分がやりたいことを優先するような、ある種のドライさも持っているように見える。
少なくとも、僕自身も含めたヨソの地域の人間が持っているであろうイメージとは、少し違うようだった。
もちろん、僕個人としてみれば年代が違うせいもあるだろう。
思い出してみれば、20代の時に地域のために何かするという発想は、ほとんどゼロに近かったかもしれない。
地域がよくならないと、自分の生活もよくならないというダイナミズムは、ある程度、年を取ってこないと感じることが出来ない。
氷柱の声は、2011年の東日本大震災を、被災県の岩手ではあるが、津波の被災地ではない盛岡で経験した主人公(作者本人ではないようだ)の、震災後の10年を綴っている。
高校の美術部に所属する加藤伊知花は、放課後、自宅で一人でいる時に、大きな揺れに襲われるのだが、停電や物資の不足、少し長めの春休みを経験しただけで、大きな被害は受けなかった。
被災地域(あるいは県)には海に近いところから内陸部に向かって、ある種のグラデーションがある。
それは被災の度合いによる「後ろめたさ」だ。
家や家族をなくなさなかった人は、そのいずれかを失くした人に、家だけをなくして家族をなくさなかった人は、その両方を失くした人に、後ろめたさを感じている。
また、遠くに行っていて、津波を経験しなかった人は、津波に飲まれて命からがら助かった人、避難して雪の降る建物の屋上や、山の中で一夜を過ごした人に、うしろめたさを感じているということもある。
この感覚は、岩手、宮城、福島出身でも東北出身でもないヨソモノにはなかなかわからないものだ。
伊知花はまさにこの後ろめたさを抱え、10年を過ごすことになるのだが、その中で出会う人も、やはりそれぞれの「度合い」によって葛藤したり、人生に迷いながら道を選んだりしている。
共通しているのは「年代」で、それはあずま家の女将とも同じなのである。
彼女のおかげで、普通であれば接する可能性の少ない、彼女と同じ年代の知り合いが多くなった。
彼らがどういうことを考えているのか、震災や復興のことをどのように受け止めているのか。
氷柱の声は、わかるとまでは言えないまでも、それを推測するための材料になったのではないかと思う。
同作はフィクションではあるが、作者がずっと震災について声に出せなかった感情を、初めて表に出したものでもあるという。
惜しくも芥川賞は逃してしまったが、本人のブログによれば芥川賞候補に挙がった時、「作品や登場人物を守らなければ」と思ったということだから、そもそも賞を取りたいわけではなかったのかもしれない。
岩手県民特有の控えめな性質もあるかもしれないが、そんなところも、僕らの年代…あるいは少なくとも僕とは、意識が違うなぁと思うのである。