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今こそ、精神の運動を。
精神の動かした、精神の運動こそが知能を鍛える。
暗記でも、ロジックでもなく、人間はその本来の自由性において、
開かれた精神の無限の自由度の中から、
可能で有用な精神の動きを見出し、習得し、広めることで、
身体を超えて進化するのだ。
なぜ、デカルトが「精神指導の規則」という本を書いたのか、
論理主義でも、コギトでもなく、そこにあるのは、
近代における精神の運動の習得だった。
そして、
教育は何のためにあるか?
学校の今の社会に出ても役に立たないことも教えるのは、本当は若い人には、今の社会を超えて、次の新しい社会を作って欲しいと思っているからだ。だったら直接言えばいいじゃないかと思うかもしれないけど、それを自分自身で悟って次の未来のビジョンを自分で描ける人間こそが、次の社会を作る人間だ。
ゲームは物語を産む装置である。
ゲームをプレイするとドラマがある。
ボードゲームでも、スポーツでも、TRPGでも。
ちょっとした毎日のランニングにさえ、物語がある。
そこにルールがあれば、例えば、
必ずあの階段を30分までに登るとか、物語になる。
ゲームは物語を産む装置でもある。
なぜなら、ゲームは、人の行動を一つの方向付ける装置でもあるからだ。
日常の対称性がそこで崩れ、非日常の非対称へと誘うのが、ゲームの力である。
世界を行動によって掘り進め。
行動を創造する。行動を展開する。
深く。根が深く土をつかむように、
この世界に行動によって根を張るのだ。
行動によって深く深くこの世界を掘り進むのだ。
それが動く生き物の頂点としての人間の生き方の本質だ。
AIはゲームの構造を明らかにする。蛍光要素を細胞に通すように。
この数年のゲームAI研究の成果の一つは、AIをゲーム内で一体にせよ、大量にせよ、動かすことで、そのゲームの動的な構造、或いは空間的構造を調べることができる、という発見である。
AIはゲームの構造を明らかにする。蛍光要素を細胞に通すように。
世界のさまざまな流れ。
自分を展開しつつ、流れを受け入れる。攻めぎあい、合流することで、より大きな流れになり、それを繰り返す。隙のあるコンテンツだけでは十分ではない。流れを受け入れるか、或いは、流れに飛び込める能力がコンテンツにあることが必要なのだ。
知性は自分を追い込むようにできている。
人間は9の恩を持ち、1裏切られたと思うと不平を言う。
100を与えれて、1の不平があれば文句を言う。
なぜなら生き物は、生き延びるために、今ある問題に集中するように仕組まれているからだ。100を忘れて目の前の1の問題に取り組んで突破する能力が必要だからだ。
だから自分を追い込み、苦しむようにできている。むしろ意識は危機があれば戦うために設けられた機関とさえ言える。
そのことを理
エンターテイメント、ささやかな。
エンターテイメントは確かにささやかな喜びだ。でも人は毎日ほんのささやかな喜びがあれば生きて行けることもある。だからエンターテイメントには価値があるのだ。
エンターテイメントを届ける側になって、ついつい力が入ってしまうけど、毎日ささやかな喜びを人に与えることを信条とせよ。
深層学習とゲーム
今週の社内で開催しているAIセミナー(第130回)は、Deep Learning (深層学習)を取り上げた。
「Google DeepMind」が驚異的な速さで学習!人工知能への危機感も高まる
http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/column/14/466140/012500025/
というのは、やや大袈裟だが、Deep Learning (DL、深層学習)は、
本当におまえが生きる世界は、他人との比較ではなく
どんなに惨めな時も、自分と他人と比べてはいけない。
どんなに栄光に満ちた時も、自分と他人と比べてはいけない。
それは偽りの深さと、偽りの高さをおまえに見せ惑わす。
そして動けなくする。
本当におまえが生きる世界は、他人との比較ではなく、
お前自身の真実によって見つけなければならない。