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三宅陽一郎 短編小説集

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記事一覧

ある秋の人工生命 

「ある秋の人工生命」          ※2024/11/24 改訂
                                  三宅陽一郎

誕生
 クルス・ホームレイクタウンは靄でおおわれていた。ある晩秋の日、この地上より遥かに高い次元から街の真ん中にあるクルス湖に人工生命の原液《スープ》が投げ入れられた。月の光が惜しげもなく、阻むものもなく注がれ、その光を吸収した原液《スープ》から人

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「いま、言葉で」(小説)

 私は人工生命にかけることにした。私は筆を折り、何も書かず、ただ人工生命の語る言葉に耳を傾ける。人工生命は覚えた言葉やその砕いた音をランダムに発する。それが偶然、連なって、意味のあるフレーズになることがある。ただ、ほとんどのその言葉の連なりは、口から出て虚空に消えていく。それは意味のないメロディで、私はそこに知能の源流を見出そうとする。
私が行うのは、人工生命に言葉を与えるだけだ。ただ与えるだけで

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「インターミッション」

「インターミッション」 梗概  三宅陽一郎

 一人の刑事が一人の男を訪ねていた。27年前に亡くなった人格AIの研究者、日比野博士をサルベージしたAIだ。日比野AIは日比野博士の残した映像、画像、著作、論文から、日比野博士の人格と知識を再現している。日比野AIは彼の隠れた目的のために研究者ではなく電気工事士として働いている。一方、社会では家電が共鳴してうねりのような歌を歌う現象が多発していた。刑事

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黄昏ロボット

「クワはこう持って、こう振る」と一体のロボットは言った。そばにいる一人の人間がうなずく。そしてぎこちない手でクワを振り大地をたがやす。その手足は弱々しい。

「教えられるのは、今年までだよ」

「来年はもういないんだな」

「来年から宇宙に行くんだよ。僕たちはもう人間を手伝えない」

 ロボットは空を見上げた。そのまなざしは夕暮れの雲を超えて、さらに高きをみつめていた。

「星の彼方へ、行くんだな

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小説『未来人狩り』

プロローグ
「おい、そっちじゃないぜ」と早瀬は言った。
「整備室はこっちだ」と彼が指差した先には、客の流れから外れた場所に、飾り気のない事務的な灰色のドアがあった。窓から差し込む夏の日差しに焼かれた灰色のコンクリートに、そのドアは同化しているように見えた。僕の手には、最新の画像認識プログラムが入ったメモリーがあり、彼の手にはセキュリティカードがあった。僕たちは、この会場の五百人の観衆の中に潜む未来

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小説 「ロボット三原則の彼方に」

「はあ、ロボット三原則?そんなもの、今のロボットには実装されてないわよ。ああいうのは、SFの中だけのお話なのよ」
とエルは言った。
「あんなに有名なのに?どうして実装されなかったのさ」
 とロバートは言った。
「そんなの、百年前の人に聴いてよ。私たちが物心つく頃には、家にも、街にも、ロボットやらドローンやら町中、溢れていたし、私はその上に、ちょっとした機能を作っていただけよ。心理学的な機能をね。」

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『ロボットの国』

「ナワテ、それは本当に必要なの?」と彼女は言った。
「必要だからいるんですよ。誰にとって、は、おいておいてね」

俺たちは砂漠の真ん中のカフェのテラスで話し合った。目の前には、果てしない砂漠の荒野が広がっている。何百度目かの光景、何千度目かの学習。俺の中の報酬系が敵に勝つことを運命付けている。俺より旧式の彼女は俺より一世代前の人工知能だ。だから、もっとこの戦争にうんでいるのだ。俺たちは戦争開始時間

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「星は歌う」 (SF小説)

「星は歌う」                 三宅 陽一郎

海辺のハイウェイを飛ばす。オートドライヴだが、警察特権モードにして加速する。青い光が曲がりくねった道の向こうに見え隠れする。彼の任務は暴走族の検挙だ。この数か月、街に出現する新しい暴走族を検挙している。暴走族の速度は実に200kmに達する。この車でなければ追い付けない。この都市の暴走族の担当になった未守和佐は、勤続5年で二十八歳にな

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SF短編「夜明けの知能」三宅陽一郎

第一章 「邂逅」

 男の前には一本のビールが置かれていた。男は先程からそのビール瓶を一心に見つめている。いや、ビール瓶を見つめているのではない。その向こうに彼がこれまでの人生で飲んで来たすべてのビール瓶の記憶を並べて見つめている。男に残された時間は少ない。三十日後には解体されスクラップにされてしまう。男の名はサムエル。四十年前に労働者ロボット「レーバー」として製造された、初期型のロットである。見

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チューリング・ガール (小説)

 夏の午後の日差しのもと、僕は一人の女の子と歩いている。彼女の白いブラウスは鋭い夏の日差しを反射し、真っ青なスカートは空に融けそうなほど輝いている。彼女は僕の手を握り、ルミノシティの街を歩く。暖かくやわらかい。だが問題がある。何か問題があるわけではない。この状況自体が一つの問題なのだ。僕はそれを解かない限り、前に進めない。僕は彼女を「観測」する。一挙一動を「観測」し「検証」し「確認する」。彼女が本

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小説「最果ての森」

月が出ている。高く明るい月だ。私は月明かりの照らす真っ白な道を森の中へ運ばれる。ふさふさとした二本の手が私の体を抱いている。暖かい、不安がない、風が気持ち良い。白い毛が揺れては私に触れる。ずんぐりとした足で歩いている。長いひげと、湿った鼻と、体を包む白い毛並が歩くたびに揺れて、見ているだけで私の胸をワクワクさせる。目は赤く大きく砕けた水晶のように深い。でも言葉は太く優しい。「大丈夫だよ。」ウサギは

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「冬の恋人たち」(小説)

「冬の恋人たち」

* * *

それは深い雪が降った日のことだ。僕は校庭で一緒に遊んでいて怪我をした友人の見舞いに行った。当時、僕ら3人は、何気なく一緒につるむようになって、捉えどころのない漠然とした 高校生活というものを、よくわからないまま一緒にふらふらしていた。

友人の一人が、 休み時間に遊んでいるうちに、校庭で怪我をして入院した。たった2人になってしまった僕らは、 暇と寂しさを

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小説「さざなみ」

第一章

私の名前は小牧佐智子。高校一年生。名前はまだない、じゃない。名前はある。佐智子。私はこの名前が気に入っている。一つの音に一つの漢字が割り当てられているのが素敵だ。私は私自身が好きか、わからない。でも、私ではない人は私が嫌いなようだ。私の中にある何がそうさせるのか、わからないが、友達は、まだない。でも、入学して一週間だ。もう少ししたら、出来るかもしれない。私は駅を降りて、家路へ歩く。

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「京都大学の思い出」

「京都大学の思い出」
※フィクションです。でも、本当の物語。

もうすっかり教室の外は夜の帳で満たされていました。たくさんの生徒が帰路についた後、
電灯の下、教室には私と老教授だけが残されました。

老教授はまっすぐに私をみつめると、こう言いました。

「三宅くん、人工知能とはさかさまの科学なのだよ。」
「さかさま?」
「そう。原理と現象が逆転しているのだ。」

「失礼ながら、学問とは、ユークリッ

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