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戦時下において汚水は戦闘よりも危険 ―切実に求められる清潔な水~アフガニスタン

 中村哲医師は、ジャーナリストの石山永一郎氏にアフガニスタンの餓死について語ったことがある。

「人がどうやって餓死するかというと、まず、食べ物がまったくないわけではなく、足りなくて栄養失調状態になる。そして飢えを紛らわすために不衛生な水をたくさん飲む。その結果、赤痢などの感染症に罹り、脱水症状になる。そして死ぬ。これがアフガニスタンでの餓死の典型」

 食べるものが著しく不足して死んでいった旧日本軍の兵士たちのイメージとは異なるものがあるが、中村医師が活動していたアフガニスタン・ダラエ・ヌール周辺では子供たちがコレラや脱水症で次々と亡くなっていった。その原因を中村医師たちが調査すると、水不足で食器が洗えないとか、汚い水を飲むなど干ばつによる水不足が原因であることがわかる。また、水がなければ農業の収穫も望めない。2000年の大干ばつでアフガニスタン東部全域では農業の収穫も望めなくなったという見通しも中村医師の『医者井戸を掘る』の中では語られている。アフガニスタンで「季節病」と形容されるのは、暑い夏に通常よりも水を多く飲むことになるが、不衛生な水によって下痢になり、命の危険にさらされることだ。

(『世界』2019年2月号掲載) https://websekai.iwanami.co.jp/posts/2916

 今から10年近く前の2014年3月19日付の「ワールドビジョン」の記事ではWHO(世界保健機関)は、アフガニスタンでは毎日133人の子どもたちが、下痢のために亡くなっていることを明らかにした。年間の数にしたら48,500人ほどになるが、2011年に戦争で亡くなった人の数が3,000人というから戦闘よりも不衛生な水で亡くなる人の数のほうが圧倒的に多かった。 6月8日付の赤十字国際委員会の記事では、アフガニスタンでは人口の半数超(55%)に人道支援が必要とある。危機的な経済状況に追い打ちをかけるのは、米国バイデン政権による経済制裁だ。現在、アフガニスタンの一般家庭では電力と清潔な飲料水が不足し、数百万人が命の危険にさらされている。水インフラに投資を行う資金に欠乏し、多くの国民が清潔な水を口にすることができない。

 米国はアフガニスタンから撤退すると、アフガニスタンの海外資産を凍結してしまった。タリバンによって米国が支えていた体制が崩壊し、米国のメンツがつぶされたという要因が大きいだろう。しかし、タリバン支配やそのイデオロギーとアフガニスタン国民の健康とはまったく別次元のものだ。タリバンの女性に対する人権が問題になっているが、アフガニスタンは元々保守的伝統が強い国で、女性の姿を地方で見かけることはない。制裁など圧力でタリバンを変えようとしても頑なになるばかりだと思う。アフガン情勢の混迷とともに、今年1月から5月までに地中海を渡りイタリアを目指す難民の数は4万6000人と昨年の同時期の4倍にもなっている。

アフガニスタンからの難民の流出が止まらない。地中海で60人のアフガン難民が救出された。今年3月5日の記事。 https://tkg.af/english/2023/03/05/60-afghan-refugees-rescued-from-mediterranean-sea/?fbclid=IwAR34iXQgNym7Nh4ViwmOpfemBSOvA27xVM7Ru7llOkmKGq0Mr7fi_mh48FY

 米国主導の経済制裁が人道上の危機を招いたのは、1990年代のイラクのサダム・フセイン政権に対するもので、1994年1月9日付のニューヨーク・タイムズによれば、イラクでは40万人の人々が制裁の犠牲になり亡くなった。この記事によれば、その犠牲者の3分の1は5歳以下の子供たちだったそうで、さらに200万人が栄養失調のために病気にかかった。食べ物や医薬品はこの制裁から除外されるとされたが、イラクでは飢えや病気が広がっていった。これと同様な悲劇が現在アフガニスタンで起こりつつある。

 現在、アフガニスタンに送金しようとしても、銀行は米国の財務省から制裁破りと見なされ、罰金を科される恐れがあるとして応じない。アフガニスタンは1990年代に国際社会から「忘れられた国」になったことがアルカイダなどの国際的なテロを招いた。ユーラシア大陸の中心ともいうべきところに位置するアフガニスタンは地政学的にも重要で、そこの不安定や暴力は周辺地域に波及していく可能性がある。日本は11日までにJICA職員やその家族など114人を難民認定したことが明らかになった。難民受け入れに消極的な日本とすれば異例の多さだが、日本の政府指導者たちはタリバンへの制裁に重点を置く欧米とは異なる方法で、アフガニスタンの人々が清潔な水を口にできるような独自の支援の方途を早急に考え、実施していくべきだ。

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