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兵庫県知事選に見る世界的な負の潮流 ―「衆愚政治」、ポピュリズム

 兵庫県知事選で、パワハラ疑惑などで兵庫県議会から不信任決議を突きつけられた斎藤元彦知事が当選した。県議会は9月19日に斉藤氏に対する不信任決議を可決したが、その発端は3月の告発文書で、斎藤氏はこれを「うそ八百」と退け、停職3カ月の懲戒処分を受けた告発者の元西播磨県民局長は7月に自死した。

 県職員へのアンケートなどで疑惑の解明に動いてきた丸尾牧県議(無所属)が「県主催のイベントや知事の外部視察は中止された。県内の首長や経済界からは『来年度の予算編成に支障をきたす』などの声がある」などと懸念を述べるなど、県政は機能不全に陥ったが、それでも斉藤氏は知事を続けるの一点張りだった。

 斉藤氏の再選を受けて多くの人の頭をよぎったのは「衆愚政治」という言葉だろう。「世界史の窓」には、「前4世紀のアテネを『衆愚政』と断定するのは客観的ではないが、民主政治の中にひそむ『衆愚政』の危険性は認識すべきであり、『民衆の望むことを実現することは良いことだ、たとえ手続きをふまず、ルールに反していても・・・』というノリで『改革』が進み、閣議決定などで憲法がないがしろにされ、それでも反発の声が起きない現代の日本の政治状況(ポピュリズムと言われる大衆迎合政治)を批判する用語としては有効であろう。」とある。

 2015年の安保関連法成立への動きなどを見れば、この「世界史の窓」で書かれているところは説得力をもち得るように思う。
塩野七生によれば、エルサレムの解放を大義とする「十字軍」は、熱狂した民衆が「神の声を聞いた」と信じて「民衆十字軍」でエルサレムをめざしたのが始まりだったという。民意が熱狂的に支持した戦争は歴史上多々あり、第二次世界大戦の惨禍を招くのに主要な役割を担ったドイツの独裁者ヒトラーは、

 「民衆が何も考えないという事は、政府にとってなんと幸運な事だろうか」 

 と語っていた。日本のアジア・太平洋戦争もメディアが競ってナショナリズムを煽ったこともあって国民が熱狂的に支持した。1967年の第三次中東戦争前のアラブ・ナショナリズムの高揚が、イスラエルの危惧をもたらし、イスラエルの先制攻撃となり、ヨルダン川西岸での入植地拡大など現在に至るパレスチナ情勢の不安定の背景となっている。

 ポピュリズムは大衆、あるいは国民に広くある不安や閉塞感を開拓して、その情緒的感情に訴え、既存の秩序に挑戦する考えや運動である。ポピュリズムは「大衆迎合主義」とも解されるが、その一つの形態であるイタリアのファシズム、ドイツのナチズムなどは時代のよどんだ空気を背景に台頭した。「何も考えない」ような情緒的判断によって、将来に大きな悔悟があるようなことはないようにしたい。

 世界一の大国である米国でも起訴されている候補が選挙で「圧勝」とも言える状態で、大統領に返り咲くことになり、信じがたい主張を行う人物たちが閣僚に就任しようとしている。国際法を無視するトランプだとパレスチナ和平には暗い見通ししか生まれないが、それでも米国のアラブ系市民はガザに対するジェノサイドを行うイスラエルに武器・弾薬を供与するバイデン大統領に反発して、東西エルサレムの主権をイスラエルに認め、シリアのゴラン高原にもイスラエルの主権を認めたトランプに票を投じた。

トランプの支持者たちたち https://www.newyorker.com/news/john-cassidy/two-americas-why-donald-trump-still-has-a-lot-of-support 



 イスラエルのガザ攻撃では、4万3000人のガザ住民が殺害され、イスラエルへの国際的批判は強まったが、それでもイスラエル国民の56%が武力による人質奪還を支持し、また、ガザを攻撃する首相がジェノサイドを行っているなどと国際刑事裁判所(ICC)などから批判されても、また司法改革などで権力の濫用を国内外から指摘されても、ネタニヤフ首相に対する支持率は徐々に回復している。イスラエルでも何も考えない極右勢力などの影響力が高まり、それが中東地域の重大な不安定要因となっている。

イスラエル右派の集会 https://www.israelhayom.com/2021/04/14/israels-population-hits-9-3-million-for-73rd-independence-day/


 18年3月に亡くなったイギリスの理論物理学者のスティーヴン・ホーキング博士は、16年5月にドナルド・トランプ氏が共和党候補の指名を受けることが確実になると、彼のことを「最も低レベルの層の大衆に受けているように見える扇動政治家」と形容し、またイギリスのEUからの離脱について「世界を相手に、イギリスが一人で戦えた時代はもう遠い昔のことだ。イギリスはもっと大きな国の集まりの一部になる必要がある。安全面、貿易面の両方においてその方がメリットがある」と語った。ホーキング博士は世界の民主主義の手本とされてきた米国、イギリスの民主主義の「衆愚政治化」を指摘していたが、日本も斉藤氏の当選や、元おニャン子クラブのタレントが外務政務官になるなど、ネットを使った新たな形態の衆愚政治に呑み込まれつつある。


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