平和の象徴―ピカソが愛し、描いた鳩
フランスの歌手ミレイユ・マチューの歌に「幸せの鳩(Mille colombes)」という曲がある。原題は「千羽の鳩」の意味だが、
世界に平和がもたらされますように
幾千年ものあいだ訪れますように
私たちに千羽の鳩をください
日が昇るたびに
Donnez-nous mille colombes
Et des millions d'hirondelles
Faites un jour que tous les hommes
Redeviennent des enfants
という一節がある。この曲はヴィンチェンツォ・ベッリーニのオペラ「ノルマ Norm」(1831年)のアリア「清らかな女神よ(Casta Diva)」をクリスチアン・ブリュンChristian Bruhnが編曲したものだ。(朝倉ノニー氏の説明。マチュ―の歌の動画は下にある)
「千羽の鳩」は日本の千羽鶴を彷彿させるが、鳩は西洋では平和の象徴とされてきた。旧約聖書『創世記』8章の「ノアの箱船」に関する記述には「神が起こした大洪水の後、陸地を探すためにノアの放った鳩が、オリーブの枝をくわえて帰ってきた。これを見たノアは、水が引き始めたことを知った」というものがある。鳩は、神と人間の和解のシンボル、人間が神との和解によって得た平和な世界を共に築いていく平和を象徴するシンボルとなった。穏健で、平和主義的発想を行う「ハト派」の語源ともなっている。
「20世紀最大の画家」とされるピカソ(1881~1973年)は平和への願いを込めて鳩をモチーフにした作品を数多く制作した。ピカソは1949年にパリで開催された「第一回平和擁護世界大会」のポスターにも鳩を用い、また1962年にモスクワで開かれた平和擁護世界大会のポスターでも武器を踏みつける鳩を描いた。
ピカソは1950年に鳩と女性の顔を組み合わせた「平和の顔」シリーズ29点を描いたが、それにフランスの詩人ポール・エリュアールが短い詩を付けて詩画集『平和の顔』を刊行した。
大島博光は、そのエリュアールの詩を下のように訳して紹介している。
わたしは鳩の棲(す)みかをみんな知っている
いちばん自然な棲みかは 人間の頭の中だ
*
大地が生みだし 大地が花咲くように
生きた肉と血が
二度と犠牲(いけにえ)にされぬように
*
平和に心奪われた人間(ひと)は 希望に包まれる
*
わたしの幸せは われわれみんなの幸せだ
わたしの太陽は われわれみんなの太陽だ
われわれは 生をわかちあう
空間と時間は みんなのものだ
*
われわれは 他者をつくり出した
他者が われわれをつくり出したように
*
飛んでる鳥が じぶんの翼を信頼しているように
われわれは知っている 兄弟にさし伸ばした
われわれの手が どこへわれわれを導くかを
*
われわれの歌は 平和を呼び
われわれの答えは 平和のために行動するこ
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ピカソは子どもの頃から鳩に愛着をもち、作品のモチーフとして多用し、自分のアトリエでも鳩を飼い、自分の娘にも「パロマ(スペイン語で鳩の意味)」と名づけた。1901年に制作した「鳩と少女」はピカソの出世作ともなった。
ナガサキピースミュージアム2F三角窓のステンドグラスは星の世界へ向かう平和の鳩をイメージして「祈り」と命名されている。福岡県糸島市在住のステンドグラス作家・小森淳一氏が制作し、寄贈した作品だ。
イスラエルのモシェ・ヤアロン国防相(当時)が2015年5月5日に、イスラエルがイランに対して核攻撃を行う可能性について言及したことがある。彼は、イランとの長期の戦争を避けるために、米国トルーマン政権が広島・長崎に原爆投下を行ったようにイスラエルもまた「断固たる」措置を講ずるべきだと述べた。
まるで、先日ガザを広島や長崎のようにすべきと発言した米下院のティム・ウォルバーグ下院議員のようだが、今またイスラエルがシリアのイラン大使館を爆撃したことで、イスラエルとイランの軍事的緊張が高まっている。毎年、広島や長崎の平和式典でも平和の象徴の鳩が放たれているが、ヤアロン氏などイスラエル・タカ派の考えは被爆の犠牲者たちの平和への想いに背くもので、ピカソやエリュアールなどが表現した世界の平和への希求や理念にも反するイスラエルの非人道的な軍事行動は決して許されるものではない。