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寅さんは良好な対日感情をもたらす ―防衛費増額よりも有効な日本発信ツール

映画「男はつらいよ」の「源公」佐藤蛾次郎さんが亡くなったばかりだが、昨日の朝日新聞に「なぜ今、パリで寅さん? 『男はつらいよ』がフランス人に与えた視座」という記事が載った。パリ日本文化会館で今年が寅年であることにちなんで「男はつらいよ」シリーズ全50作品を上映したところ、280席あるホールで平均184人を集め、仏ロピニオン紙のクロード・ルブラン記者は大成功だったと語っている。ルブラン記者は日本語の「男はつらいよ」に関する本を訳して「Tora san(寅さん)」として出版した人だ。

 記事の中でルブラン記者は、「『男はつらいよ』のシリーズは、欧米ではこれまでなじみが無かったので、フランス人と寅さんの出会いは非常に新鮮。映画の中で寅さんは、悩みや問題を抱えた人たちに親身になって話を聞き、真剣に解決しようとしてくれる。寅さんは、半世紀にわたって日本人に与えたのと同じ喜びと人生の教訓を、フランスの観客に与えてくれる」と成功の要因を話している。ルブラン記者はまた「男はつらいよ」にはフランスの文豪のエミール・ゾラやビクトル・ユゴーの作品にも通じるものがあり、フランス人が親近感をもつのではないかと語っている。確かにゾラやユゴーの作品には庶民の生活を描いたものが多い。ゾラは正義を貫いてドレフュス大尉を弁護し、政府高官、軍部を侮辱した罪に問われてイギリスへの亡命を余儀なくされた。ゾラの人生は曲がったことが嫌いな寅さんにも通じるものがあるように思う。

 寅さんの優しい心根は外国人の良好な日本人観を形作っているのだろう。1990年代にシリアのダマスカスを訪れた時、そこに留学している日本人のシリア研究者は、格闘技の好きなシリア人はブルース・リーを日本人だと思い込んで日本人はブルース・リーのように皆良い人だとどこに行っても好感をもたれていると語っていた。

 コロナ禍の年を除いて毎年開かれている寅さんサミットには「男はつらいよ」の全国各地のロケ地自治体が特産品や観光情報をPRするブースを設置しているが、1989年(平成元年)公開の「寅さん」映画シリーズ第41作「男はつらいよ 寅次郎心の旅路」のロケ地だったオーストリア・ウィーン市も参加している。1987年に葛飾区と姉妹都市提携したウィーン市フロリズドルフ区には2009年に「寅さん公園」(トラサン・パーク)がオープンし、またウィーン市内には「カツシカシュトラーセ(かつしか通り)」もある。ウィーン市フロリズドルフ区と葛飾区の友好提携も飛行機の中で「男はつらいよ」を観て感激したウィーン市長が進めた話で、ウィーン・ロケもウィーン市の提案で実現したという。

 「男はつらいよ」は国際交流基金によってベンガル語にも訳され、2017年1月にバングラデシュ・ダッカの国立博物館で500人を集めて上映されたことがある。上映作品の第17作の「男はつらいよ~寅次郎夕焼け小焼け」が大変好評で、芸者ぼたん(太地喜和子)が客に借金を踏み倒されたその額にどよめきが起こり、またイスラムでは禁止されている酒を飲むシーンも問題にならなかったなどの国際交流基金の担当者の苦労もあったが、担当者は寅さんがバングラデシュの人々に受け入れられたことが何よりも嬉しかったそうだ。

https://www.wochikochi.jp/.../2017/04/tora-san-bengali.php

 良好な対日感情はこうした日本の国際機関の職員らの地道な努力によってつくられているが、世界の人々が日本を好きになるのは寅さん映画のような日本の文化や日本人の高い道徳観、日本の技術力などによるものであって、日本が米国の戦争に協力することは特にイスラム世界では(他の諸外国もそうだろうが)敬意をもたれない。

 以前、パキスタンで日本の海上自衛隊のインド洋での補給活動についてどう思うかと聞き取り調査を行ったら、「殺人に協力することは殺人に等しい」という答えが返ってきた。防衛費増額よりもはるかに安い費用で日本のイメージをアップすることができる文化の発信に日本政府はもっと力を入れるべきではないかと最近の防衛費増額の議論を聞いていて思わざるを得ない。

画像はパリに巨大な寅さんが登場
https://twitter.com/torasan_50th/status/1494869359856128003

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