なぜ死ぬ覚悟で戦争に反対しなかったか ~岩井忠熊さんの訴え
学徒出陣によって出征し、自爆ボート「震洋」の艇隊長から生還し、自身の戦争体験を語り続けた岩井忠熊さんが4日、101歳で亡くなった。立命館大学の副学長などを務め、昨年9月に102歳で亡くなった兄・忠正さんとともに、自身の戦争体験と、戦争にどうして死ぬ気で反対しなかったのかという悔悟を語り続けた。
岩井さんは、湾岸戦争が起こり、イスラム教徒の自爆テロ等によって特攻を賛美する声が現れるようになったが、「これは何か言わないといけない」という想いが特攻について語る契機になったという。現在、イスラエル軍とガザで戦うハマスも1990年代から2000年代にかけて自爆攻撃を多用していた。
百田尚樹氏の『永遠の0』については「全体として海軍、陸軍もそうですが、飛行機にかかわらず特攻というものを、空中、水中、水上と考えたこと事態にものすごい犯罪性があって責任がある。でもその責任を糾弾する場面が(映画には)どこにも出てこないんです。そして一種のロマンチシズムになっている。責任の追及がなくてロマンチシズムだけが残るということにこの映画の酷さを感じますね」と厳しかった。
人命軽視の日本軍の在り方に批判的だった。終戦の日、宇垣纒中将は特攻隊員を送りだした責任をとって、部下の飛行機11機を引き連れて特攻を行ったが、自分が責任を取るんだったら、自分だけが死ねばよかった。こんなところにも旧日本軍の人命軽視の思想が表れていると語っていた。
2019年11月22日の毎日新聞に「元特攻90代兄弟が『最後の証言』 時代に迎合を悔恨 なぜ死ぬ覚悟で戦争に反対しなかったか」という記事が掲載された。
若者に伝えたいメッセージとして、忠正さんは「この戦争は間違っているとうすうすながら分かっていたにもかかわらず、沈黙して特攻隊員にまでなった。死ぬ覚悟をしてるのに、なぜ死ぬ覚悟でこの戦争に反対しなかったのか。時代に迎合してしまった。私のまねをしちゃいけないよ、と今の若い人に伝えたい」と語り、忠熊さんは「戦争を二度と繰り返さないためにはどうしたらいいのか、特に青年、学生がどうするかによって未来が変わる。そのためには歴史に学んでほしい」と述べていた。晩年、若い人たちを相手に戦中の歴史を説いたのも若い世代こそが日本の未来を背負い、彼らにより良い日本にしてもらいたいという願いがあったからだ。
忠熊さんが言う青年、学生がどうするかで未来が変わるというのは、欧米ではパレスチナ問題を見る目が特に若者たちの間で変化していることにも見られる。こうした変化がパレスチナ問題の不合理の是正にもたらすことがあればと願う。アメリカでは、ホロコーストへの道義的責任、イスラエルがアメリカと同様に民主主義の価値観を共有すると思われたことや、また冷戦時代に西側陣営の一角を担ったことなどからイスラエルに対する同情は特に年配の世代で強かったが、民間調査機関ピュー・リサーチ・センターの調査によれば、18~29歳の61%が「パレスチナに好意的」と答え、65歳以上の47%を上回っている。
反アパルトヘイト運動などを担うなどアメリカのリベラルな潮流をけん引してきたカリフォルニア大学バークレー校では、学生たちがガザでの即座の停戦と、イスラエルが使用する武器を製造している企業からの投資撤収を求める集会が開かれている。ガザ問題に見られるように、欧米では若者たちが世論や社会の変化をけん引していく様子だ。
イスラム世界の自爆攻撃は「殉教」などの美名の下に行われるが、その背景には政治や社会に対する絶望感がある。イスラエルによる占領や、占領地における入植地拡大、またエルサレムを首都として既成事実化していることなどにイスラエルは妥協する様子がまるでない。ガザは繰り返し攻撃され、理不尽に子どもたちや女性が殺害されるが、それに対してアメリカは武器供与を控えるどころか、イスラエルへの軍事支援を強化している。
イスラム世界の自爆は日本の特攻のような国家による強制ではないが、若者を洗脳し、自爆行為に仕向ける指導者たちがいる。不要とも思える戦争に繰り返し駆り出されるイスラエルの若者たちも同様だが、特攻にも見られた生命の軽視はパレスチナ問題で特に顕著に見られる。自爆攻撃などがない世界にするには、イスラム地域を含めて世界の若者たちの政治に対する問題関心をいかに高めるかにかかっている。年配の世代の責任は重いが、忠熊さんが語りかけた日本の若者たちはどうなのかとどうしても考えてしまう。