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9.11  あの日が変えた私の人生

 明日9月11日で米国同時多発テロが発生してから23年になるが、9日夜放送されたNHK「映像の世紀 バタフライエフェクト 9.11  あの日が変えた私の人生」では911で息子を失った二人の日本人の父親の23年間の姿を中心にテロや戦争、家族愛や、他者への寛容などを考えさせる内容だった。

 白鳥敦さん(当時36歳)は、ビル105階で働く証券会社のトレーダーだった。父親の白鳥晴弘さんは、息子の小さな骨片2つを渡されたが、なぜ息子が殺されたのかを尋ねるためにテロの1年後にオサマ・ビンラディンに「どうしてあなたは罪のない一般の民間人を巻き添えにしたのか。私はそのことをどうしても知りたい。」と手紙を書く。また直接ビンラディンと対話することを望んで2003年、アフガンにスタンを訪問する。そこで会ったのは米軍の空爆で傷ついたアフガニスタンの子どもたちだった。それからアフガン訪問の目的が子どもたちの支援に変わっていく。

「小さな子どもたちが銃をもって『ジハード』を叫んでいる。そういう子どもたちが大きくなったら、またうちの子みたいな犠牲が出るんじゃないか。」と白鳥さんは思うようになった。

白鳥晴弘さんの著書



 住山陽一さん(当時34歳)はワールドトレードセンター南棟80階の富士銀行で働く銀行員だった。父親の一貞さんはテロの記憶を風化させてはならないと911に関する米国政府調査委員会の報告書を事件の真実に迫りたいと10年かけて翻訳して出版した。
 一貞さんは911の直後、息子を探してニューヨークの病院から病院を探して歩き回るが、泣いたら息子を諦めることになると下のような歌を詠んだ。

「遮断せし街路のかなた煙れるを泣くは早しと励まされ過ぐ」

「宗教にしろ思想にしろ大義のもとに死んだり殺したりするような社会はいい加減にやめにしたい。今後の日本と世界が、自由で平和な、安全な社会であることを、これは大きな歴史の流れの中で大切な一人の息子を奪われた父親の切なる願いである。」(住山一貞さん)


 2003年に白鳥晴弘さんがアフガニスタンを訪ねて会ったのは米軍のクラスター爆弾が自宅近くで炸裂し、全身に大けがをしたアフサヌラ・ラフマトゥラ君(当時9歳)だった。アフサヌラ君は「アメリカが悪い。アメリカがタリバンと戦ったから僕がこんな目に遭うんだ。助けはいらない。報復してやるんだ」と語ると、白鳥さんは「君が考えている報復をおじさんは考えていません。おじさんはアフガニスタンやタリバンが悪いとは思わない。」と語る応じた。すると、アフサヌラ君は「それならなぜアメリカは報復したの?それに戦争ならなぜ僕たちの家に爆弾を落とすの?基地はあっちだよ。あっちに落とせばいいじゃないか」と話す。さらに白鳥さんが「もしアメリカの男の子が目の前に来ていたらどうするの?」と尋ね返すと、アフサヌラ君は「僕と同じ目に遭わせてやるさ」と憎悪むき出しの感情を口にした。

白鳥晴弘さんの著書



 白鳥さんは子どもたちが抱える憎悪と貧困を助けることが息子の供養になるのではないかと息子さんの蓄えからアフガニスタンへの支援活動を行っていく。何度もアフガニスタンを訪問し、防寒具やソーラーパネルを現地の人々に贈った。アフガニスタンの人々と心を通わせるために手品も覚えて街頭で披露した。ビンラディンに会うことよりも悲劇を繰り返さないために現地の人々と交流することのほうが大切と思うようになった。

「個人的に話してみると、彼らからは人を想う優しい心が伝わってきた。私の支援がどの程度役に立ったか分からない。しかし顔と顔を合わせ、言葉を交わし感情を伝える中で生まれた交流は生涯心に残る気がするのだ。」(白鳥晴弘さん)

番組のXより



 アメリカでは911の後、反イスラム・デモが行われ、イスラム教徒への暴力事件が頻発するようになった。「イスラム教はテロと殺人を教えている。9.11では3000人も殺されたんだ。」(デモ参加者)という発言も街頭では聞かれた。

 白人至上主義者のマーク・ストローマン(1969~2011年)は、911の直後の9月15日から10月4日にかけてムスリム3人を銃撃し、2人を殺害して死刑判決を受けた。しかし、ストローマンに銃撃され、右目の視力を失ったバングラデシュ系アメリカ人のレイス・ブイヤンはストローマンの減刑を働きかけていく。

 テレビ番組のインタビューの中で、ブイヤンは「ストローマンがやったことは無知ゆえに起こったヘイトクライムです。彼は善悪の区別がつかなかった。何をしたのか自分でもわからなかったのです。私の両親の教えと信仰から考えれば彼を許すのは難しいことではありません。もし彼が処刑されてもこの世からヘイトクライムがなくなるわけではありません。憎しみという根本の原因は変わらずただ一人の命が失われるだけです。」

ストローマン



 結局、減刑はかなわずスローマンは2011年7月に処刑されたが、死刑直前にスローマンは「もしアメリカでテロがまたおこってもどうか思い込みで決めつけないでくれ。世界中のみんなにお願いしたい。もしテロリストが国を攻撃してきてもどうかしっかり踏みとどまってほしい。マーク・ストローマンにはならないでくれ。」というメッセージを残した。テロが起こると、やれ報復だ、やれ戦争だと言って報復の戦争を行って無辜の市民の犠牲をもたらす世界の政治指導者たちに聞かせたい言葉だった。

 ストローマンは次のような言葉をビデオ・メッセージでレイス・ブイヤン氏に贈っている。
「私はあなたを尊敬し、心から大切に思います。あなたのすべての行いに感謝します。(私の)死刑が執行されても今やっていることを続けてください。とても尊いことですから。どうか世界に向けて堂々と、みんなの人権を擁護する活動を続けてください。あなたの活動に励まされたという声が世界中から私に届いています。あなたは世界中の人々の心を動かしていますよ。私も励まされています。どうか続けてください。私を許してくれて有り難う。」

ブイヤン氏、バイデン大統領と https://raisbhuiyan.com/


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