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ホロコースト生存者たちはアウシュヴィッツをジェノサイド正当化に利用してはならないと訴える
1月27日、ポーランドのアウシュヴィッツ強制収容所の跡地で追悼式典が開かれ、元収容者50人や、ヨーロッパ各国の首脳など2500人が参加した。ICC(国際刑事裁判所)加盟国であるポーランド政府はイスラエルのネタニヤフ首相を逮捕しないと表明したものの、ネタニヤフ首相は出席しなかった。ナチスドイツ軍によるユダヤ人の大量虐殺「ホロコースト」を後世に伝えるため、1944年に生まれたのが「ジェノサイド(genocide)」という言葉で、ポーランド系ユダヤ人の弁護士であるラファエル・レムキン(1900~59年)による造語だった。ナチスによるジェノサイドの大惨禍を受けたユダヤ人の国家であるイスラエルが現在ジェノサイドを行っている。カール・マルクスは「歴史は2度繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は笑劇として(History repeats itself, first as tragedy, second as farce.)」と述べたが、ホロコースト体験が悲劇とすれば、ガザ攻撃に見られるパレスチナ人へのジェノサイドはイスラエルの国際社会でのイメージを決定的に悪化させる「笑劇」と言えるだろう。
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ポーランドではアウシュヴィッツ強制収容所に見られるように凄惨なユダヤ人迫害が行われた。イスラエル・ヘブライ大学の政治学研究科長だったゼエブ・スターンヘル(1935~2020年)はホロコースト生存者で、ファシズム研究の世界的権威だった。彼はポーランド南東部の都市プシェムィシルの出身だが、母親と姉はナチスに殺害された。家庭は世俗的なユダヤ教徒で、シオニズムに傾倒していた。1951年にイスラエルに移住し、学者として20世紀のリベラル民主主義の崩壊について研究をするようになり、イスラエル国内では常にピース・キャンプの側で活動していた。彼は、ガザに対する経済封鎖がガザ市民の急進性をもたらしたとして、イスラエルはガザの復興を考えるなどパレスチナ人に対する寛容な姿勢が必要であることを強調した。
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イスラエルとガザ地区を支配するハマスとの敵対関係が激化すると、スターンヘルは、イスラエル社会におけるファシズムの前兆を指摘するようになり、それは「国家の神格化」、「民族決定論」、社会活動における個人と平等を犠牲にする社会の優位性を中心的価値とするものだと説いた。占領下のヨルダン川西岸における入植地の拡大に強く反対し、入植地を「ガン」と呼び、そのガンは現在のイスラエルの極右勢力のような宗教的シオニストとされる人々によって増殖されたものだと主張した。スターンヘルは、イスラエルには1967年の第3次中東戦争で奪ったヨルダン川西岸の土地を保持する道徳的義務がないと主張し、「1967年の征服を維持しようとする試みは帝国主義的拡張の色合いが強かった」と『イスラエル建国の神話(The Founding Myths of Israel)』で彼は書いている。スターンヘルはイスラエルの左派は有害な超国家主義を克服する能力がもはやないと2018年に書き、そのヨーロッパの超国家主義の系譜はユダヤ人の大多数をほぼ絶滅させたものだと強調した。2023年10月に始まるイスラエルによるジェノサイドを予言したかのようだった。
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イスラエルの宗教的シオニズムはスターンヘルの目には、他者の国民的権利を尊重しない危険なナショナリズムであると映り、「今日存在するものが明日には崩壊する可能性があると知ることが、私を悩ませている」とシオニズムの崩壊をも予感していた。
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イギリス・エクセター大学のイスラエル人の歴史学教授イラン・パぺ(1954年生まれ)はドイツのホロコーストとイスラエルが現在行っているジェノサイドを比較して「私生活と同様、被害者が加害者になることもあります。虐待を受けた子どもが虐待する親になることもあります。しかし、それはうまくいきません。それは記憶の操作です。イスラエルにおけるホロコーストの記憶は、何よりもまず、パレスチナ人に対する残忍な政策を正当化するために操作されているのです。しかし、ホロコーストの記憶が操作され、悪用される様子は、私にとっては非常に見るのがつらいものです。なぜなら、私はドイツのホロコーストで家族のほとんどを失ったからです。ですから、私にとっての道徳的義務は、私にされたのと同じことをしないようにすることだと思っています。」と述べている。良識あるホロコースト生存者は彼と同様な道徳的義務を感じていることだろう。
アウシュヴィッツに収容経験があるオランダのユダヤ系物理学者のハージョ・マイヤー(1924~2014年)は、「アウシュヴィッツの強制収容所の犠牲者にシオニズムに共感をもつ者はほとんどいなかったし、また自分が育ったドイツでもシオニズムを支持する者は非常に少なかった。シオニズムはホロコースト犠牲者を代弁するイデオロギーではまったくない。」と述べていた。
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表紙の画像はポーランドのオシフィエンチムにあるアウシュビッツ強制収容所の跡地で2025年1月27日、解放から80年を迎えた記念式典が開かれ、生存者たち参加した=ロイター
https://digital.asahi.com/articles/AST1W3TBZT1WUHBI005M.html