「絶対的正義」を戦争で失うイスラエル
歌手の加藤登紀子さんが自分の御守りとして中村哲医師の「『変わらぬ正義』と呼べるものがあるとすれば、それは弱い者を助け、命を尊重することである」という言葉を大事にしていることを紹介したことがある。(「東京新聞」22年5月28日)漫画家のやなせたかしさんも「アメリカにはアメリカの“正義”があり、フセインにはフセインの“正義”がある。アラブにも、イスラエルにもお互いの“正義”がある。つまりこれらの“正義”は立場によって変わる。でも困っている人、飢えている人に食べ物を差し出す行為は、立場が変わっても国が違っても『正しいこと』には変わりません。これが『絶対的な正義』なのです」と語っていた。とすれば、ガザへの食料や水の供給を意図的に滞らせるイスラエルの戦争には「絶対的正義」がないことになる。
昨年10月7日からガザでハマスとの戦争を開始したイスラエルの農業が危機的状態にある。6月20日付の「エルサレム・ポスト」紙は戦争開始以来、イスラエルの農業生産が80%落ち込んだことを報じている。その背景には多くの農業労働者が予備役に召集されたり、タイなど外国人労働者が治安上の理由で帰国したり、さらにパレスチナ人労働者が締め出されたことがある。イスラエルの農業農村開発省のデータでは、10月7日以来、1万人の外国人農業労働者がイスラエルを離れ、また2万人のパレスチナ人労働者がイスラエルへの入国を禁止された。また、イスラエル南部ではハマスのロケットが着弾する危険があるために、イスラエル南部の農地では、10月7日から1カ月間は、1日の労働が2時間しから許されず、その後は兵士に守られながら午前7時から午後4時までは労働することが許可されるようになったものの、通常の農業活動を維持するには十分ではなかった。イスラエル軍がハマスの攻撃から農地を防衛する姿勢を見せたが、数百エーカーの土地が休耕地となった。
「タイムズ・オブ・イスラエル」(4月21日)によれば、イスラエルの農地の20%はガザとの境界地帯にあり、イスラエルで消費される野菜の75%は同地帯で生産される。ヒズボラのロケットやミサイルが着弾するイスラエル北部は、イスラエル全農地の3分の1を占め、国内の卵生産量の約73%がイスラエル北部のガリラヤ地方や、イスラエルがシリアから占領する北東部のゴラン高原に集中する。
昨年12月にはイスラエルに輸入された野菜と果物が60、000トンと倍増し、その価格も著しく上昇した。こうしたイスラエルの食料不安が適切な発達と健康に必要な栄養を供給できないとも政府が判断するようになっている。
他方、イスラエルのガザへの攻撃によって、ガザの農業は壊滅的状態にあり、ガザでは80%の農地が破壊され、肉や乳製品を供給する家畜の70%が殺害された。ガザの食料事情は全人口が危機的レベルにあり、国連は50%以上の世帯が家に食料がなく、1日中ほとんど何も口にすることなく暮らす人口が20%と見積もっている。
イスラエルの攻撃は、自らにも返ってきて、イエメンのフーシ派による船舶への攻撃によってイスラエル南部のエイラト港は破産寸前にあり、アジア諸国からの原料や機械、原油、燃料、小麦、自動車などがエイラト港に陸揚げされなくなった。ネタニヤフ首相はイスラエルをより安全にすると言って戦争を継続しているが、イスラエルは「絶対的正義」である食料まで戦争で失いつつある。