創作とは『心の安全基地』そのもの
初めまして、アマチュア漫画家の宮下真奈です。
今回は私が漫画を描く上で大切にしている描く原動力としての
気づきをお伝えしていきます。
漫画には、このキャラがイイ!という萌えの原動力もありますが、
心の葛藤を表現する排出の原動力もあります。
私個人の体験としてですが、それは、萌えよりも、
漫画を描く原動力を維持できないコトを多く感じますし、
自分を肯定しづらい時があったりしますし、苦しい時があります。
“こんな気持ちを描き出して、何の意味がある?”と考える時も
“どうせ理解されないなら、描いても意味がない…”と考えて、
投げやりになる時も、当然ありまして…
“何故、私はこんな理解・共感されないコトをやっているのだろう?
この突き動かす衝動は、一体、何なのだろう”と思う時がありました。
しかし、それは、確かに私の中にあって、
それは、けして他人が軽々しく触れていいものでも
何かに還元しないと意味のないコトでもないという想いが
誰が何と言おうと、確かに、私の中に存在していました。
それを確信できたのは『愛着障害と創造性』という
言葉を知った時です。
創造の世界でなら、私が、こうありたかった世界を表現できる。
無慈悲で、残酷で、不平等で、不条理な結末を見なくて済む。
もう、誰にも脅かされることもない、自由な世界が確かに存在する。
それは『心の安全基地』を自らの中に創造することでもあるのか…
それが、私にとっての創作なんだ…と自覚できたからなんですね。
漫画でなくても、何かを表現するというのは、大変なことだと思います。
必ずしも成功とは結びつかず、芸術には遠く、娯楽にもならない…
どうしようもない想いや感情に、茫然と立ちつくす時もあります。
けれど、確かな描く原動力として、ここにあるもの。
自分自身の心を支えているもの…
それが、私にとっての『排出表現への肯定』であり、
『心の安全基地』でもあったんですね。
創作って、自分自身と向き合う作業でもあるんですよね…
そんな自分自身の衝動も、大切な一部分として
肯定して、支えていきたいものです。