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うちの犬を『犬っころ』と呼んだおじさんの日課がエモかった話。
わたしの父はもういない。
何年か前に肝硬変で亡くなった。
父がいなくなって、コロナもあって、
日常的に「おじさん」と触れ合うことがなくなった。
知り合いや友だちは圧倒的に「おばさん」率が高いので、
「おじさん」の持つ団塊世代特有の匂いや、
いかめしさや頑固さのヴェール、
たまに飛び出す死語や、聞いたこともない擬態語なんかと、
最近は無縁の生活をしている。
今年に入ってうちに仔犬が2頭やってきたので、
知り合いにもちょいちょいLINEで告知していたら、
コロナになって一度も会っていない知り合いが、
ちょっとだけ見せて、
と初めて自宅にやってきた。
ある趣味の会で2年くらいご一緒したご婦人。
めちゃくちゃ上品な雰囲気の、寛容そうなたたずまいがとても好きで、
終わったあとご主人のお迎えの車を待つ間、よく建物の外で楽しい立ち話をした。
今回ももれなくご主人がついてきたので、あがっていただく。
「やあっっ!! 白と黒の犬っころだなあっ?!」
久しぶりの「おじさん」の声量には、まぁまぁ驚かされる。
これは以前から思っていたのだけど、
こんな上品な奥さんにはもっと、細身でスマートな、
グレーヘアーを短く整えて、細かいチェックのボタンダウンにベージュのジャケットかなんか着こなしてるご主人のイメージがピッタリくる。
だけど、
このご主人は違う。
骨太。日焼け。
炭鉱かなんかで働いていて、
ヘルメット脱ぎながら食堂に入ってきて、
セルフサービスの水のところで3杯ぐらい一気飲みする、
おそるおそる話しかけるとかなりの確率で
「ぁあっ?? なに言ってっか、聞こえねぇ!」
と威嚇してきそうな、
強めの東北訛りがよく似合うタイプの風貌だ。
そのスマートの対義語みたいなおじさんが、
うちの2頭の仔犬を「犬っころ」と呼んだ。
別にすごく嫌だ、という感じはしないが、
犬も猫も畜生じゃない、家族。
人間と動物の中間あたりのカテゴリだよね。
こういう風潮がだんだん市民権を得てきている今の時代、
ひとんちの犬を、「犬っころ」と呼ぶ人に出会う確率はそう高くない。
「やあぁ、触ってもいいの?」
ワクチン2回目前ということで、手を消毒してもらう。
「こりゃ、かぁわいくて離れらんねえな。」
うちの仔犬はブンブン尻尾を振っている。
「いやあ、尻尾ちぎれてしまいそうだなお前たちぃ。」
まとわりついてくる2頭の仔犬を撫でながら、
顔を近づけて口を舐めさせている。
2頭のうち白い方は、人の顔が近づくと口や鼻めがけて、
もう、狂ったように舐めてくる。
わたしも舐めさせるが、とてもしつこい。
舐めるだけ舐めさせていたら、
仔犬特有のミルク臭さがたまらない~、キャワいぃ~、
などと思える範囲をだいぶ逸脱する時間舐めていた。
そのおじさんは、
わたしがキャワいぃ~と思えた時間を明らかに超えて、
「うぅん、うぅん、」とか
「はぁぁ? うぅん?」とか言いながら、
すごく長い時間舐められていた。
ちなみにわたしもやられたが、
たぶん尖った乳歯で噛まれていた。
「うちにもいたんだぁ。ずっとなぁ。」
奥さんに聞くと、お子さんが子供のときにマルチーズを飼ってから、
30年以上、犬のいる生活をしていたらしい。
でもコロナのはじめの頃に16才のミックス犬が旅立って、
もうさすがに年齢的にも、気持ちの面でも、
犬を飼うことはやめたという。
「おれ、毎日リリィと喋ってんだ。朝と晩。」
本当に可愛がってたんだなぁと思った。
「話し足りないと夢に出てくんだから。もっと話せって。」
ああ。
これはもう、「おはよう」とか「おやすみ」とかのレベルじゃなく、
雑談、相談、報告を含む、ある程度の尺の会話なんだ。
なんなら双方向かもしれない。
ひとしきり仔犬たちと戯れた後、
一応われわれ女子のお茶飲み話にも付き合って、
おじさんはご婦人と帰って行った。
「また犬に会いにいらしてください、よかったら。」
先住犬を抱きながら別れ際に挨拶したら、
「いやぁ、あんまり見るとまた飼いたくなっちゃうから。」
そう言って自分の頬を、ゴシゴシこすっていた。
うちに仔犬を見に来たかったのは、
このおじさんの方だったのかもしれない。
おじさん、
うちの犬を「犬っころ」と呼んだとき、
こんな風に思うとは想像もしなかったけど、
おじさんみたいに、
犬を可愛がろうと思います。