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そしてある日突然、私はがん患者になった

2022年12月22日。

これはいつものグリグリとは違う。ヤバいやつかも。私の直感がそう言っていた。

不景気なんてほんとかよ?と思ってしまうほどキラキラしたクリスマス間近の東京で、イタリアから一時帰国中だった私は友達と毎日、美味しいものを食べ歩き、日本の食材やコスメ、ユニクロなどなどを爆買いして楽しく過ごしていた。イタリアにもユニクロはあるけど、日本の方が品揃えやサイズ感がいいし、何よりお得だからね。

そんなある日、夜寝る前に着替えながら、ふと思いついて胸を触ってみた。ずっとチェックをしていないことをなぜか思い出したのだ。すると、柔らかい肉の中に、硬くて平たい、円盤状のものがあった。結構な大きさだ。ヒヤリとする。

母が若い時に乳がんをしているから、私も可能性がある。そう言われて、ほぼ年に一度、日本に一時帰国するタイミングが合えば日本で、そうでなければイタリアで、マンモグラフィーやエコグラフィーをして、専門医に検診してもらっていた。産婦人科の待合室には、「自分で定期的に乳癌チェックをしましょう」という啓蒙ポスターがいつも貼ってあって、そのおかげで私も時々思い出してはセルフチェックもしていた。だけどコロナのパンデミックが起きて、緊急でないケースは病院に行けない、行く気にもならない状態が2年続いた。そのせいかセルフチェックの習慣までもうっかり忘れて、さらに1年が過ぎ、気がつくと3年が経っていた。

イタリアではどんなふうに癌告知をするかというと。


2023年1月10日。最初の診察

年末に日本からイタリアへ戻り、年が明けてすぐ、私をずっと見てくれているセノロゴ(乳腺科医)のドクターがいるピエモンテ州がんセンターに電話をした。すると彼の予約が取れるのは、早くて2月の頭だという。

「もしも癌だったら、1ヶ月先は遅過ぎますよね?」と事務の人に尋ねると、そうですね、と言って別の先生の予約を取ってくれた。早い予約をとってくれるということは、やっぱり私の状態は電話で伝えているだけでも心配な状態なの?と、また一つ、チクリと心配が胸を刺す。

このシコリ、動くから多分良性ですよ

1月10日の診察日当日、診察室に入ると、若くてきれいで優しそうな女医さんが座っていた。簡単に触診をして、「ああ、ありますね、小さいのが。でもよく動くから、多分良性ですよ。一応マンモグラフィーと、必要なら針生検もしましょうね」と優しい声だけどテキパキしている。「動くのは良性なんですか?」診察台に横になったまま先生に聞くと「そうですよー」とにこやかに答えてくれる。

その日はそれで終わり。10分ほどの診察で200ユーロ。とほほ(円安が強烈な今、200ユーロを円に換算すると4万円近くなってしまうけど、イタリアでは2万円ぐらいの感覚)。これからさらに診療を受けたり、いろいろ検査をし、癌ではなくても何か病気だったら、治療費は一体どれぐらいかかるんだろう?という心配が頭をよぎる。この時点ではまだ癌という意識があまりなくて、お金の心配を先にしていたのだ。

イタリアの医療は全部タダ?

イタリアでは、イタリアに暮らすすべての人が国民皆保険の対象で、それはイタリア国民だけじゃなく、一定期間以上滞在している外国人も全員、無料、またはかなりの低額料金で医療が受けられる。日本の国民皆保険のような、収入に合わせた健康保険料を払うことはなく、全員タダ。その財源は税金だそうだ。イタリアすごいね! と思うところだが、ところがどっこい、そこには大きな落とし穴がある。無料で医療サービスを受けようとすると、救急の場合を除いて、とても、果てしなく、時間がかかるのだ。

そんなに待ってたら死んじゃうよ

たとえば私のケースでは、おっぱいにグリグリを発見する。やばいやつかも、と心配になった私は、保険を使おうと思えば、まずホームドクターに診てもらわなければいけない。ホームドクターというのは、国民皆保険に加入したら、自分の住む地域のドクターの中から好きな人を自分で選んで登録するシステムだ。

何かあれば、まずそのホームドクターの診察を受けなければ何も進まない。胸にグリグリ、ほんとだ、ありますね、じゃあ、乳腺の専門医に診てもらってください、とドクターは処方箋を書いてくれる。どこへ行きなさいと教えてくれたり、予約を取ってくれたりはしない。私は自分で行きたい病院を調べ、予約を取ることになるのだが、早くて半年先、下手したら1年ぐらい待たされる、なんていうのが今のイタリアではざら。そんなの真面目に待っていたら、癌だったら死んじゃうよね、と誰でも思うので、保険外で診療してくれる病院や医師を勝手に予約して診てもらう、というわけだ。私の場合、年に一度乳がんのチェックをしてくれていたドクターが出世をして、ピエモンテ州がんセンターの乳腺科医長になったので、私も自動的にそちらにいくことになった。だから保険適用外で、10分の診察が200ユーロかかったというわけだ。

そして針生検。

2023年1月17日

「必要だったら」針生検しましょう、と優しそうな女性ドクターは言った。でもマンモグラフィーと同じ日に針生検をした、つまり、触診をしたドクターは、実は癌を疑って生検のリクエストを同時に出していたというわけだ。
「動くから良性ですよ、きっと」なんて言っていたけど、やっぱりそういうことなんだ。そういうこと、つまり、癌かも、っていうこと。

針生検の機械は、かなり太い針を機械にセットしてばちん、ばちんと乳房に打ち込んでいる。病院が好きで、手術など見るのも好き、という変な私だけど、流石にこのすごい音と痛いのとで、思わず目を逸らしてしまう、だから機械がどんな形だったのかは、チラリとしか見ていない。巨大ホチキスのような、または巨大注射器のような、そんな感じ。私の身体が緊張して硬直しているせいでうまく針が入らない、と検査技師のドクターは文句を言いながらばちん、ばちんと何度もやり直す。

緊張しないで! 動かないで!と怒られる。でも、緊張しているんじゃなくて寒いんだよ。暖房が緩い部屋に、もう2時間近く上半身裸で検査されているから、寒くて身体がガチガチになっている。

検査しながら、いきなりの告知。

ばちん、ばちんとやりながら、「これね、悪性だわね、多分先に抗がん剤をして、それから手術ですね」と技師先生が言った。え、そうなんだ。あっけなく、言うね、すごいことを。何かにつけて事細かく気を配る日本だったらあり得ない気がするけど、あまりにあっさりしていて、悲しいやらショックやらを感じない。

「多分ね」なんて言われて、その日はそれで終了。結果など連絡しますから、と中途半端な気持ちでそのまま帰される。夕方になり、人気の少なくなった病院のホールにある自動支払い機で、検査費35ユーロを支払って病院を出る。何年も前に、人間ドッグをした築地がんセンターで見た、頭を帽子やスカーフで包んだ人たちを、ここでは見かけない。がんセンターなのに、なぜだろう?なんて思いながら夕暮れの駐車場へ歩いた。数ヶ月後には自分がそんな姿になるなんて、その時は全然、考えてもいなかった。


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ピエモンテのしあわせマダミン
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