触れたとき、はじまった
つい飲みすぎた。
転職先の新歓で緊張するものだから、普段は全く飲まないビールをぐいぐいと一気に飲んでしまった。なんて苦いんだ。
お酒は弱くないと自覚があったのだが甘かった。
歳とともに老化してるのを忘れてしまって、すっかりあれこれ弱くなっていたことにようやく気がついた。若干足元が危うい。
男性陣は二次会に行くらしい。
女性陣は帰る人が多いし、わたしも帰宅しますと伝えて少し後ろをゆっくり歩いてる。
いけないしっかりしろ、とゆらゆらする足を叱咤激励し気持ちと視界を奮い立たせて、地下鉄へと続く入り口を探してると、
「駅、わかりますか?」
その声に振り向くと、年齢は後輩だけど仕事では先輩のきみが立っていた。
まだ慣れてない街だったから、正直にわからないと伝える。
「あー、あれみえますか?マックの看板。その近くに入り口がありますよ」
マックの看板がわからなくて、どこ?と言いながら指をさしている方向を見ようとしたときに、ふいにお酒が足にきた。
「おっと、結構飲んでましたよね」
うん、ついね、と言って平静を装うも、
きみに支えられた肩が熱い。
慌てて離れて、
なるほど!ありがとうございます!とお礼を言うと、きみはニコッと笑った。
「…..じゃあ俺、二次会行きますね」
お互いに手を振って。なんだこれ。
なんで、間を開けたの。
わたしから誘えばよかったの?
こんなことで始まらないから期待しちゃいけない。
そうでしょ、わたし。
触れられた肩が熱くて、きみの香りが胸の中心をくすぐっても、こんなことではじまらないでしょ。
すっかり忘れてしまった恋愛のノウハウを思い返して、そうだそうだ、と言い聞かせる。
ゆらゆらときみが指差した方向へ歩くわたし。
夏の夜の湿った暑い空気とビールのせいだ。
まだ、はじまらない。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?