【連載小説】ケモ耳っ娘になったからにはホントはモフられたい[#166]127 愛しさと後悔と/シアン
ケモ耳っ娘になったからにはホントはモフられたい~前世はSランク冒険者だったのでこっそり無双します~
127 愛しさと後悔と/シアン
◆登場人物紹介
・魔王討伐隊…
リリアン…前世(前・魔王討伐隊『英雄』のアシュリー)の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。『サポーター』
シアン…前・魔王討伐隊の一人、今回の討伐隊の顧問役。昔、討伐隊になる前にアシュリーに救われてから、ずっと彼女に想いを寄せていた。
デニス…『英雄』の一人。幼い頃、師事を与えてくれたアシュリーに、憧れ以上の気持ちを抱いていた。
マコト(勇者・異世界人)、ニール(英雄・リーダー)、アラン(サポーター)、マーニャ(英雄)、ジャスパー(サポーター)
・アシュリー(アッシュ)…リリアンの前世で、前・魔王討伐隊の『英雄』。長い黒髪で深紅の瞳を持つ、女性剣士。魔王との戦いの前に魔獣に食われて命を落とした、と思われていた。
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暗闇から現れたアッシュは、恐ろしくも悲しい程に、15年前と殆ど変わっていない。
ただ、彼女が自身で切り落とした右腕だけは、黒くいびつな魔獣の腕になっていて、他の魔族と同じように禍々しい黒霧を纏っていた。
「……アシュリーさん??」
信じられないというように、デニスも彼女の名を呼んだ。デニスにとっても、彼女は幼い頃の大切な思い出の一つで。その思い出のままの姿を見せられているのだろう。
「……あれが、4体目の上位魔族、ですか?」
怖いくらいに冷静な声で、リリアンが言った。
「あれは……前回の『英雄』のアシュリーね。死んだはずじゃなかったの?」
怪訝そうな声でマーニャが言う。
「ああ…… あいつら、死んだアッシュを魔族にしやがったんだ……」
「なるほど。でも倒すだけです」
そう言って、リリアンが駆け出した。
「リリアン!?」
俺らの声を聞いても、リリアンはその足を止めようとはしない。ゴーレムたちに行く手を阻まれるが、彼女は獣人の機動力でそれらを難なくすり抜けていく。
そのままアッシュに向かって勢いよく鉤爪で斬り込んだ。が、アッシュはそれを横に跳んで避けた。
リリアンは一度地に足をつけるとその踏み込みで方向を変え、もう一度アッシュの方へ駆ける。再び斬りつけた鉤爪は、今度はアッシュの剣で受け止められた。
一瞬だけ留まったように見えたが、そこから互いをはじき飛ばす。
「まて、リリアン! どうするつもりだ!?」
「倒します」
後方に飛ばされながらも器用にくるりと回って着地すると、冷めたような声で答えた。
「魔王を倒す為にはアレを倒して、ここを抜けなくてはいけないんでしょう?」
そう言うと、またアッシュに向かって駆け出した。再び彼女の邪魔をしようとゴーレムたちが立ち塞がる。
が、後方から飛んできた水魔法と火魔法が、ゴーレムたちを吹き飛ばした。
「何をしているの!? 女の子一人に戦わせるつもり!?」
いつの間に、マーニャとジャスパーは杖をゴーレムに向けている。
マコトはニール、アランと一緒に巨大な魔獣に向けて、すでに駆け出している。
「シアンさん!」
デニスは俺の名を呼ぶと、自らはゴーレムに向かって剣を向けた。
そうだ。俺が…… 俺が倒さないと……
俺が倒せなかったんだから。
はぁーと一つ深呼吸をして、アッシュに向けて駆け出した。
リリアンが鉤爪で斬りかかると、アッシュの剣がそれを受け止める。
互いに拮抗しているのか、そのまましばし睨みあう。が、リリアンはアッシュに押し弾かれ、リリアンの鉤爪は外れて遠くに飛ばされた。
その隙をついてアッシュに斬りかかった。彼女はつまらなそうにこちらに視線を向けると、俺の剣戟を軽々と自らの剣でいなす。
何度か繰り返した後に、剣を持たないもう片方の手が直接俺の剣を受け止めた。
名匠ゴードンの鍛えた剣だというのに、その刃は彼女の手のひらを薄く傷つけただけだった。すぅと、傷からにじんだ血がぽたりと垂れる。
人間と同じ…… 赤い血が……
アッシュは傷ついた手を気にする様子もなく、俺に向けてすこしだけ優しく微笑んだ。
『シアン、会いたかったわ』
アッシュの……声だ……
あの時に失った、俺の愛しい人。俺が生きていた理由。
彼女の顔で、彼女の声で、俺の名前を呼ぶ。
想いが、記憶が、剣に込めた力を緩めた。
次の瞬間、吹き飛ばされて壁にぶち当たった。背中に受けた激しい衝撃で、一瞬息が詰まる。アッシュに剣ごと横に払い飛ばされたらしい。
「く、くそっ……」
わかっていたはずなのに。あれは本当のアッシュじゃない。
あの時と同じで。ああして俺の心を惑わせようとしているんだ。
でも、俺には……
「シア、私を見ろ」
別の方からアッシュの声がした。
顔を上げると、アッシュがこちらを見ている。
さっきのアイツじゃない。あれは…… リリアン……?
「あれはただの私の抜け殻だ。アシュリーじゃない」
そう言って、アッシュは長剣をアッシュに向ける。アッシュは、アッシュの姿を見て、ニヤリと笑った。
二人は同時に動いた。
互いに向かって真っすぐにぶつかると、二度三度と切り結ぶ。離れてはまた間髪入れずに刃を合わせる。二人とも恐ろしいほどの勢いで。
俺だって、元討伐隊の一員だ。そこいらの冒険者よりはずっと戦い慣れているはずだ。でもその俺が、二人の動きの間に割り入る事ができない。
片方のアッシュが、僅かに眉間に皺を寄せた。その瞬間、もう一人のアッシュが彼女の剣を弾き飛ばした。飛ばされた剣が俺の足元まで転がってくる。
剣を失ったアッシュはそのまま壁際に追い詰められ、もう一人の剣に首元を押さえつけられた。
「シ……シアン……」
喉元に剣を当てられ、苦しそうな声でアッシュが俺の名を呼んだ。こちらを見るアッシュの赤い瞳が何かを訴えている。俺を…… 俺を待っている……
あれは…… あのアッシュは……
「違う」
大丈夫だ。俺はわかっている。
「お前はアッシュじゃない」
そう言うと、俺を見ていたアッシュはニヤリと笑って魔獣の右腕でアッシュに切りつけた。
咄嗟にアッシュが飛び退ったところへ、魔物の牙を剥きながら襲い掛かる。
その二人の間に飛び込んで、アッシュの牙を剣で受け止めた。牙をとらえた所為で動きが取れない俺に向けて、さらに魔獣の爪が振り上げられる。
その爪が俺に当たる前に、アッシュの剣が魔獣の腕を切り落とした。
アッシュの牙から解放された剣をすかさず構え直して斬りつける。もう片方の腕が切り落とされ、アッシュの体はバランスを崩してよろけて倒れた。
「俺が…… 俺が倒さないと!!」
その彼女にむけて、もう一度剣を大きく振り上げ――
「ダメだ。シア」
アッシュの声がした。
「私たちは『英雄』じゃない」
あ……
そうだ…… これは…… 俺だけの戦いじゃない。
武器と両腕を失ったアッシュは、ハァハァと獣の息遣いを漏らしながら、ただこちらを睨みつけている。
「シアンさん」
デニスの声に気が付いて見回すと、それぞれの相手を倒したらしい。周りに仲間たちが集まっていた。
デニスの不安そうな顔はともかく、ニールまで泣きそうな顔をしている。
なんて顔してるんだよ。お前、リーダーだろう?
「ニール、こいつに止めを刺せ」
「ええ!?」
俺の言葉に驚きの声をあげたニールに、さらにアッシュ…… いや、リリアンが、アッシュの姿と口調のままで声をかける。
「わかっているだろう? とどめを刺すのは『勇者』か『英雄』でないといけない。私たち『サポーター』がとどめを刺してしまっては、無駄になる」
「……でも…… シアンさんが……」
戸惑ったように俺の顔を見る。
「お前がリーダーだろう。俺の代わりにやってくれ」
そう言うと、ニールは黙って頷いた。
ニールがアッシュの前に歩み出た。
両の腕を落とされたアッシュはよろよろと立ち上がると、残る牙を剥いてニールに襲いかかろうとした。
ニールは歯を食いしばると、アッシュをにらみつけながら駆け込んで剣を振り払う。胸元を横一文字に斬り払われた彼女の足が緩むと、ニールはさらに両手で剣を持って振り上げた。
その身にニールの聖剣が深く突き立てられると、アッシュの形をしていた物は不気味な叫び声をあげて崩れた。
その体は黒い霧と一緒に細かい砂のようになって空に散って消え、最後に彼女の骨だけが残る。
そして、ガランと骨が落ちた音が広間に響いた。
俺はその光景を、瞬きもせずにただ黙って見ていた。
「……アッシュ……」
跪いて、アッシュの頭骨を拾いあげる。
わかっている。これはもう彼女じゃない。ただの骨だ。
でも…… でも……
頭ではわかっていても、そんなに簡単に割り切る事なんてできやしない。
俺の所為だ。全部、俺の所為だったんだ。
アッシュを守れなかったのも。
捕まったアッシュを助けに行けなかったのも。
魔族にされたアッシュを倒すことが出来なかったのも。
そうして、再び出会った彼女にこんなものを見せてしまったのも……
愛しい頭骨を抱きしめたまま顔を上げた先に、アッシュが立っている。
いや、あれはリリアンだ。アッシュの生まれ変わりだ。
「シア、立てるか?」
彼女はこんな俺を責めるでも許すでもなく、ただそう言って俺に手を差し出した。
その手に俺の手を重ねると、懐かしい手の温もりで、つかえてた心がすぅとほどけていった。
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(メモ)
右腕(Ep.17)
<第1話はこちらから>
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