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【連載小説】ケモ耳っ娘になったからにはホントはモフられたい[#151]Ep.21 孤狼の哭く夜

ケモ耳っ娘になったからにはホントはモフられたい~前世はSランク冒険者だったのでこっそり無双します~

Ep.21 孤狼の哭く夜

「要らぬ」

 生まれ出でてまず、聞いた父神の言葉がそれだった。
 私は世界を認識する前に棄てられた。

 暗かった。
 私に光は無かった。

 やけに心が空いて感じた。まるで穴が開いているような、底がぬけているような、そんな風に思えた。
 何かが欲しかった。まだ見ぬ誰かを愛していた。
 でもそれは届かぬものだとそう思えた。

 心が空いて、腹が減って、そこにうごめく生き物を食らった。
 ただ、只。
 心の空虚くうきょを埋めるように。

 その生き物は余りにも脆弱ぜいじゃくで、あらがう事もなく簡単に食われた。
 食らって、食らって。
 それでも心は満たされずに。

 そのうちにその生き物にも心がある事を知った。
 言葉がある事を知った。
 私を恐れている事を知った。

 私は、醜い化け物だった。

 その日、一人の小さな生き物を食らおうとした時に見てしまった。
 その瞳が赤く力強く燃えている事を。
 その後ろに隠された生き物を、その生き物が守ろうとしている事を。

 わかっていたのだ。
 自分が食らったその生き物にも、愛し愛される者があるのだと。
 私が光を求めるように、彼らもその心に光を求めているのだと。
 そして自分が食らった物は、彼らの光だったかもしれないのだと。
 なまじ愛する心を持っているから、その悲しみもわかってしまう。

 だから、食らうのをやめた。

 しかし捨てられたとはいえ元は神の身。
 食うのをやめても、死ぬことは出来なかった。

 腹が減って、腹が減って、狂うかと思えた。
 いや、どうせなら狂った方が楽にはなれるのかもしれない。
 狂いかけながら、自らの腕をかじって耐えた。

 片腕を齧り尽くすと、もう片腕を齧った。
 苦しくてつらくて寂しくて、目からは血の涙が零れた。

 誰か…… 誰か私を止めてくれ……
 でないと、私はまた狂って皆を食らってしまう。

 私の前に何かが降り立つと、血の涙で満たされた瞳に光が差し込んだ。

 嗚呼ああ、私はこれを求めていたんだ。
 生まれた時から、生まれるその前から、貴女あなただけを愛していたんだ。

 でも、もう私は……

 己のこの腕では、もう愛しい者を抱く事はできない。
 己のこの目では、もう愛しいその姿を見る事はできない。
 己のこの血にまみれた獣の口では、もう愛しいと言葉を紡ぐ事はできない。
 己のこの魂はけがれてしまって、もう愛しい者に寄りそう事もできない。

「私は穢れている」

 死を願った。

 * * *

 神の肉体は滅んでも、魂は死ぬことは出来ない。

 再び肉体を得た時、私の隣には愛しい人がいた。
「やっと、会えた」
 そう言って彼女はそっと私を抱きしめた。

「今度こそ、二人で一緒にいましょう」

 闇の神に恋焦がれた女神は、全ての者を愛する為に、その心を捨てた。
 光の女神に心奪われた男神は、己の強さの為に、その心を捨てた。

 二柱の神が捨てた心は、またそれぞれが新しく生ける物の形を得た。

 そしてようやく、二人は寄り添えた。

 * * *

「……しまった……」

 さっきまで庭で遊んでいたはずの犬が見当たらない。
 結界を張っていたから大丈夫だと、油断をしていた。

「シ、シリィ!! 大変だ。犬が逃げちゃった……!!」
 図書室に飛び込んで、お茶を飲みながら本を読んでいた彼女に慌てて報告をする。

「犬……?? 犬なんてどうしたの??」
「あ…… えっと、僕が作ったんだけど……」
「作ったって? どうして??」
「こないだ、ペットが欲しいねって君と話してたじゃん。だから、犬なんてどうかなって思って……」
「……どうやって?」
「……まだ、一から作るのは難しいから…… だ、だから、僕の昔の体を使って……」

 しどろもどろで説明をすると、いつもは優しいシリィの目がキツく吊り上がった。

「あれを使ったのなら、犬なんて可愛いもんじゃなくって、狼でしょう!? 急いで捕まえないと!!」
 図書室から走り出たシリィに続いて、急いで駆け出した。

「結界を張ってあったから大丈夫だと思ったのに……」
「あれは貴方あなたと同じ魔力を持ってるのよ! 貴方の結界なら簡単に破られちゃうわ!」
 二人で屋敷を飛び出し、犬……いや、狼の逃げた先を追いかけた。

 逃げた狼は魔力を垂れ流したままで走り回っており、それを辿る事で容易たやすく見つけることができた。
 シリィが風と共に駆けて狼に追いつき、首輪をつけると途端に大人しくなった。

 でも、もうすでに遅かった。
 狼は辺境の村を一つ分、喰い荒らした後だった。

「あああ…… ごめんなさい…… 僕の所為せいで……」
 いくら神の力があっても、死んだものを生き返らすことはできない。そして、人間の魂を再び巡らせる事もできない。
 腹を減らした狼が食い荒らした村人たちの魂は、すぅと大地に吸い込まれていった。

「……この狼は私の屋敷に連れて行くわ。私の結界なら破る事は出来ないから」

 フェンリルと名付けたその狼は、シリィの屋敷の庭でしばらく様子を見ていたが、結局また封印する事になった。

 悄気しょげている僕を慰めようと、シリィは新しくペットを作ろうと言ってくれた。
 フェンリルに名を付けた時のように、シリィの持ってきた本に載っていた生き物を参考にし、その名前を付けた。

 まずは、今度こそ失敗しないようにシリィに手を貸してもらって、二人で最初の龍を作った。
 その後に一人で鳥――鳳凰ほうおうを作り、封印した犬……いや、狼の代わりに仙狐せんこを作った。

 * * *

 ――なんで…… 何でこんな事に!?

 僕ら神を人間があやめる事はできない。
 でも…… それでも傷つけられれば、痛みや苦しみは感じるのに!!

「僕の所為……? 昔の僕が、彼らを傷つけたから……?」

 僕を恨んでいるのなら、僕を狙えばいいじゃないか!? なんで…… なんでシリィを……!?

「あの装置が彼らに見つかったの…… この星は滅びかけている。せめて、人間たちを救おうと思ったのに…… その為の装置だったのに……」

 傷だらけのシリィが何かを話そうとすると、その度に体中から血が噴き出し、彼女は痛みに顔を歪めた。
「話さないで…… 今…… せめて、痛みを止めるから……」

 泣きながらかざした手を、彼女の手が押し留めた。

「私を殺して」

 今度は、僕が彼女の望みを叶えた。


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