討論ゲームとしてのギリシア・チーム対ローマ・チーム

 ここに、帰国子女が1980年代の海外(アメリカ)の中学校で体験した興味深い事例がある。

 この学校のESS(社会と英語が一緒になった授業)でやった世界史の授業について。ここの目玉は古代史をディベート形式で勉強すること。40人の生徒がギリシアとローマの二チームに分かれて、「どちらが良いか」を討論して勝敗を争うもの。

 まず先生が一週間かけて時代背景を説明する。この学校では科目数が少ないため、週の帯で同じ科目学習ができる。次の二週間は生徒同士で相談し合って勉強する。

 たとえば、ギリシア・チームについて、ギリシアの地理条件・政治・学問・芸術・征服地など、考えられる限りの内容を手分けして調べる。ディベートに勝つためには、自分の時代だけでなく、相手のローマ時代の長所・短所も調査しなければならない。その上で、想定問答集も作成する。

 ディベート当日は、授業を受けている生徒全員がギリシアやローマの服装で登校する。「気分はすっかりギリシャ人」だそうな。

 誰も資料を見ないでディベートに入る。知識は頭の中に入っているし、その時代の人になりきっている。スピーチの練習もしてきた。

 この討論は二時間続き、授業のない先生たちが採点に加わる。ゲームが終われば健闘をたたえあう。

 このプロジェクト学習は「おもしろさが心の底から湧き上がってくる」体験だったという。

 この事例における教師側からの働きかけについて、学習技法を使いこなすという点で注目したいのは、

1)学習プロセスのデザイン
 教師側からの情報提供と生徒主体の活動の比率が1:2。ディベートだけでなく、リサーチワーク、ディスカッション、ディベートなど、複数の活動が組み合わさっていた。

2)ディベート本番に向けた準備の工夫。
 スピーチの仕方などの学び方指導を進めていた。またその時代の服装で登校し、担当者以外の教師をジャッジに巻き込み、生徒のモチベーションを引き出す工夫をしていた。

3)学びの場の運営に関する工夫
 討論ゲームとしての楽しさを存分に引き出す工夫がある。本番では例年ローマ・チームが勝利を収めている。みんながその情報を事前に共有した上でプロジェクト学習に取り組んでいて、勝敗を超えたゲームとしてのディベート学習を楽しんでいた。

 この形式を日本の教育現場に取り入れる意義があるのか。特に重要な意義は次の四点。

1)討論の素材となる情報を集め、それを聖女して提供する力、すなわちリサーチ力の育成。

2)資料や情報をまとめ、そこから事実に即した有効な論理を組み立てる力、すなわち論理的思考力の育成。これは肯定・否定の両方の立場から複眼的に物を見る力や資料批判の力を含む批判的思考力にもつながる。

3)言葉による表現能力の育成。具体的には上手なスピーチの仕方や臨機応変のやりとり。

4)演劇的表現力の育成。仮に設定された立場で徹底的に考えるロールプレイング・ゲームとしての面を持つ。ここでの表現力は、自分が演じる対象を内在的に、かつ共感をもって理解する力につながる。

 この四つの背景・能力は、いずれも学習指導要領のいう「深い学び」の根幹を支えるもので、同時に従来の知識注入型授業では難しいものだろう。

 ただし、これらの意義が理解できたとしても、それを現場に定着させるのは、そう簡単ではない。

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